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報四恩精舎 野田大燈 (ほうしおんしょうじゃ のだだいとう)NHK 心の時間から

報四恩精舎は、野田大燈師が一から築かれた曹洞宗のお寺であるらしい。
発心から出家、鶴見総持寺での修行、托鉢、醤油樽のお堂(住まい)、廃棄されたバスのお堂と進んで、その間に宗教活動に賛同してくださる方々や、寄付を申し出てくださる方々のお力で、現在は父上から引き継いだ開拓地のような土地に座禅堂をはじめとした寺院の体裁が出来上がっている。
野田師の素晴らしいところは、座禅の力で、不登校児や、引きこもり、問題児などを本来の人間の姿に戻していらっしゃるところである。
頼まれて引き受けた不登校児などが、朝は5時起床、座禅、お経を唱え、次第に自信を取り戻していく過程と結果を、「集団の力学」「心身一如」「守・破・離」などの言葉で説明された。

更に具体的にこの推移をまとめてみると、
本人が「なおりたい」「再生したい」「自立したい」と思うところに発心が生まれ、それらは、頭よりまず体を使い、集団生活の規則を守り、必ず5時に起きる、必ずお経を唱える、といった、このような人々にはもっとも難しいと思われる習慣的なことをまず何も考えずに体が従う状態から始める。
家庭にいてはできないことでも、集団だからできるし、次第に「坐禅が気持ちいい」「無意識にお経が鼻歌のように口から出る」「できることが増えることで変わる。自信につながる」といった、具体的な目に見える結果につながっている。
坐禅は、息を整えることで心が整う、という長所があり、体の中の気の流れを整えるのだそうだ。
自分の経験から実感としてこのことがわかる。
いかに疲れていても、坐禅の後は、体がすっきりとしゃんとするのである。

甘えは許されない。ここで心の再生を取り戻すまでの期間もはっきりと期間を区切っている。
半年から1年。
再生するのに引きこもっていた期間かけるのは無理。
この言葉も好ましかった。
といっても、禅の力が自然と参禅者の体と心を整えていくのであり、これは、当の本人たちの力である。
このお寺の名前「4つの恩に報いる」の4つの恩とは、現代風に言い換えると
自分を生んでくれた父母、社会(先生、友人)、ふるさと、大自然、であるそうである。
オリジナルには三宝(仏・法・僧)が入っているが、現代ではわかりにくいため、このようにわかりやすく言い直しておられるものと思われる。

そして、野田師の言葉に全く共感したのは、自分がやりたいと思ったのではなく、何かしら環境がそのように整ってくると、外から具体的な依頼が来たり、次にやることが自然と動いていく、とおしゃった時である。
「成るべくして成る」
「誰かに動かされているようだ」
この言葉がとてもわかる。
宗教活動が社会活動にまで広がっている、これこそ、現代に必要な宗教の在り方なのではなかろうか。
釈尊の行った、生きている人のための宗教。




by Kinotomii | 2017-06-24 11:14 | 宗教 | Trackback | Comments(0)
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