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お正月②

青々とした竹垣が出来上がると、家がピシッとして引き締まる。
おのずと、子供の身ながらピシッとしてくる。

次に、木戸口に立てる門松の砂を、決められた所定の場所に取りに行く。
所定の場所とは、村々で取決めされた砂取り場があるのだ。
鹿児島はシラス台地から成っている。
リヤカーや猫車を使って白砂を取りに行くのも、大方は父の仕事だった。
その砂で、木戸口に二つの円錐形の砂山を作り、そこに、松、竹、実花をはじめとした決められた木々を差して二つの門松を作り、神を迎える体裁を整えるのである。
子供のころ、父と一緒に山に入っていき、これらの木々を切り、ゆっさゆっさと揺らしながら揚々と帰ってきた山道は楽しかった。
なぜあんなに楽しかったのだろう。
親子で何かをするということが、あんなにも楽しかったとは。
父は行事に関するすべてを知っており、自信にあふれ、力強かった。
だから、子供たちも悠々としていられた。

30日になると親戚近所が寄り集まって、一つの臼で餅を搗く。
大きなかまどに釜をかけ、木と竹でできた四角い蒸篭(せいろ。蒸し器)を3段くらい積み重ね、たきぎを燃やして蒸し上げる。
あの当時、まだ杵をふるう男手が何人もあって、主婦たちは姉さんかぶりで、差し手を入れる。
何人もの搗き手に何人もの差し手、子供たちの数はもっと多かった。
よいしょ、よいしょ、と声をあげ、間違うと大きな笑い声が起こり、大人も子供も、庭いっぱいににぎやかに行事が繰り広げられた。

本当に楽しかったなあ…。

蒸しあがったもち米を臼に移した後の、竹のヒゴにこびりついたもち米を、子供たちは舐めるようにして食べた。
蒸したすぐのもち米のおいしさは、何にも表現できないくらいかぐわしくおいしい。
米の旨味を凝縮している。
この味は、日本がIH炊飯器に変わって以来、日本から消えた。

餅が搗きあがると、大きな平ざるに餅取り粉を真っ白にざーっと敷いた上にどさっと下ろす。
さっそく、女たちが手のひらを真っ赤にしながら、形を作っていく。
最初に作るのは、御鏡餅だ。親戚3軒で共同で行っておれば、3つの鏡餅を作らねばならない。
上手な人も苦手な人もおり、母はおおざっぱで苦手なのに、本家の主婦の貫録で、この役割を任せてもらえることが多かった。
伯母たちの心使いだったのだろう。
あるいは、自分が率先して働かねば、という気負いがあったのだろうか。

鏡餅が終われば、手でちぎりながら小餅を作っていく。
ついでに、蒸したサツマイモを一緒に搗いて、「ネッタボ」と呼ばれる鹿児島の芋餅を作った。
これは美味しくて、手に熱い餅をくっつけながら、ひーふー言って庭中を走り回りながら食べた。
大人も子供も一日中餅つきに追われて、大人はしんどかったのかもしれないが、子供たちはこの日ほど楽しい日はなかった。
白く輝くような餅が縁側の隅に積み重ねられ、新聞紙をかけて元旦まで寝かせられる。
子供ながら、小さな家が黄金の家のように豊かになった。
嬉しかったなあ。


by Kinotomii | 2015-12-26 08:38 | 雑記 | Trackback | Comments(0)
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