やりたいこと、行きたいところ、話したい人、書きたいことが多すぎて。
by Kinotomii
プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る
カテゴリ
全体
宗教
音楽
環境
本を出版する
旅日記
雑記
親子関係
食べ物
未分類
以前の記事
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
お気に入りブログ
アトリエkotori*の...
還暦からのネイチャーフォト
アリスのトリップ
Lady Satin's...
写鳥楽
最新のコメント
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
女優 サヘル・ローズ
at 2019-01-18 23:31
白い毒
at 2019-01-03 17:56
ピアスと托鉢僧
at 2018-12-16 22:56
坐禅の神秘 森山大行 2010年
at 2018-12-04 07:34
祈りの竪琴
at 2018-12-02 22:37
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
シニアライフ
音楽
画像一覧

道元禅師の家風 

須田道輝著 『新しい佛教読本』 P111より

(1)坐禅の宗教
 
道元禅師の著『正法眼蔵辨道話』の中に、「大師釈尊まさしく徳道の妙術を正伝し、また三世の如来ともに坐禅より得道せり。このゆえに正門なることをあひつたえるなり」と述べられている。佛教の発生は釈尊の菩提樹下の禅定(坐禅)から出発したものである。釈尊にとって禅定は生命であり、したがって、佛教においても禅定は佛教の根幹であり真髄でなければならない。だから禅定の実践なしに佛教というものは考えられるはずがないのである。
(略)
佛教の内容は、言ってみれば縁起論であり空観論であるから、これらの内容を離れて佛教はない。縁起と空論を逸脱した佛教がないように、その縁起を悟らしめた禅定(坐禅)を無視して仏法というのは考えられないのである。


      須田師は、仏教の教理はすべて禅定(坐禅)を母胎として生まれてきた。禅定を無視したのでは、母を否定する不幸者である、とも述べられている。坐禅への気持ちが衰え、怠け心が沸き起こることもたびたびのこの頃。坐禅をすることへの自信を深められる内容である。

 すでに示寂されている須田道輝(雲外)師は、諫早家の菩提寺である天祐寺https://www.nagasaki-tabinet.com/guide/50199/ の先代御住職。
『新しい佛教読本』ー精神統一の法則ー は、須田師の初めての著書。問い合わせは、天祐寺まで。600円。
https://www.nagasaki-tabinet.com/guide/50199/





by Kinotomii | 2018-03-02 10:13 | 宗教 | Trackback | Comments(0)
トラックバックURL : https://sousekisan.exblog.jp/tb/29344716
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。