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カテゴリ:未分類( 3 )

うぐいすを聴きながら坐禅  興聖寺

宇治にも春が来まして
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うららかな4月13日。青紅葉がもくもく。
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琴坂も上から見下ろすと 楽々の感じ。
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今日は、幣道紀老師の『正法眼蔵』講話最初の日。
その前に、坐禅堂で坐禅。この時間帯に坐ることはほとんどなかった。
興聖寺は、後ろに山を控えているので、鳥が多い。坐禅中、うぐいすが歓迎の美しい鳴き声を聞かせてくれました。鳥は、意外と自慢したがりなんじゃないかと、しばしば思う。特にうぐいすは、姿は見せないくせに、高く細く長く「谷わたり」なども自慢げに披露する。その中で坐れるとは、贅沢。

幣老師の御講話が「大智禅師発願文」から始まったのには、感激した。
昨年、熊本県菊池市の聖護寺に上山し、春の法要に参席させていただき、菊池市の方々がいかに大智禅師と菊池氏を誇らしく思っていらっしゃるかに接していたので、猶更のことだ。
大智禅師は、何しろものすごい禅師だから詠むだけで引きぎみになるが、文を覚えるだけでも何かしら功徳があるんじゃないかと自らを励ますことにしようか。


by Kinotomii | 2019-04-16 17:59 | Trackback | Comments(0)

再び「山居の偈」英語版 再up

どうしても気になる道元禅師の「山居の偈」の英語版の違い、

① patoriarch's ➡〝PRACTICES AT A ZEN MONASTERY” 『僧堂の行持』瑞応寺出版の英訳。

② patriarches ➡アメリカでYou Tubeに投稿された” Hokyo-ji"宣伝のための Hokyo-ji Zen Practice Community による投稿。

いずれも道元禅師の「山居の偈」を英訳したものだが、一語[patriarches]の部分だけが違う。
[patriarch]とは、祖師、長老、古老のこと。このような人は一人しかおらず、複数形にはできない。


辞書を引くと、patriarchesは複数形ではなくて、ギリシャ語から語形変化したpatriarchaeの所有格(属格に入るのだろうか。I-my-me-mineのmineに当たる)である。patriarchesは、英検1級くらいの、あまり使わない難しい単語だそうだ。ネットの辞書によると。

故に、[The way of patriarches]で「祖道」=祖師に属している/と共にある/が持ってきた法(仏法)=系統の正しい仏法。
[coming from the west]で「西来」=西からやってきた

とうことは、やっぱりこう書かなくてはいけないかも。
The way of the patriaches
Coming from the West
これを日本語訳すると、「西からやって来た祖師に属している法」。=「西からやって来た僧と共に伝わった法」…日本語としては奇妙だけど、「法 と僧は一如と」いう理解なのでしょう。正法であることを宣言しているのでしょう。

漢文の読み下し文的には<西来の祖道>

日本語と英語の違いは、日本語は大事なこと<祖道>は最後に持ってくる。
英語は、大事なこと<The way>を初めに持ってくる。そして後ろから前を修飾する。ややこしいのは、中国語は英語と似た並び方だということ。
恐らく道元はこれを漢文で書いているから、それを後世の人々が日本語読み下し文にした。それを又、英訳したということで…。英訳に苦労したことでしょう…。

オリジナルは道元の言葉だから、「西」はインドのこと。
「我東に伝ふ」の「我」は道元自身、「東」は日本のことになる。
つまり、西方のインドから達磨大師によって中国に伝わった禅佛教を、道元が東方の日本に伝えたということをうたっている。

では、Hokyo-ji Zen Practice Community の方はどうかというと、英訳はやっぱりこちらの方が正しかった。ただ、You Tubeの映像は生前の片桐大忍老師である。道元禅師の「short poem」と断ってはあるが、宝鏡寺のバックグラウンドに英語の「山居の偈」が流れると、[I transmit to the East」のI は、片桐大忍としか映らない。Eastは、アメリカのこととなるし、道元によって中国から日本に伝えられた禅佛教が、片桐大忍によって再びアメリカに伝えられたという意味になる。

うまいなあ、と思う。この作り方が。道元の行ったことと同じことを、片桐大忍がアメリカに同じように行った。道元と片桐大忍が重なるように作ってある。
確かに道元の仏法をアメリカ中西部に伝えたのは、彼らにとっては、師と仰ぐ片桐大忍である。片桐大忍は、道元が唱導した道元の時代の禅佛教をアメリカで実現しようとして(多分、道元禅師の時代の基本に返った禅が頭にあった)、わざわざミネソタの山の中に「宝鏡寺」という僧堂を作ろうと頑張った。志半ばでガンで逝かねばならなかったことは、どれほどの心残りだったろうか。現在、宝鏡寺は、道心のあるアメリカ人たちによって少しずつ再建に向かっている。坐禅も行われている。

これらのことは、ワインコフ彰顕著、中山とし子訳
『禅の種まき アメリカ人禅僧の禅的日々 in Iowa』に断片的に書かれています。
https://sousekisan.exblog.jp/page/7/
出版社は、奈良でこだわりの出版を続けている「奈良情報教育出版」http://www.narahon.com/。販売もしています。



by Kinotomii | 2018-11-29 07:22 | Trackback | Comments(0)

産土の光る植田に逢ひたくて  sousekisan

産土の光る植田に逢いたくて   2013年

朝5時ころの田んぼ 葉先の光る露が生命力を感じさせる。
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すっかり青田です。

カボチャも収穫。とても小さい。食べられるかどうどうか。
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美しき害虫。かみきりむし。
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ミカンの木によくつく。今年はミカンの成りが少ない。
異常気象だし。地球が悲鳴をあげているようだ。





by Kinotomii | 2018-07-26 22:27 | Trackback | Comments(0)