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カテゴリ:音楽( 29 )

京都市交響楽団第636回定期 指揮 高関 健

高関健氏は、「常任主席客演指揮者」という肩書をお持ちです。
これは、下野竜也氏と同じ肩書です。
どうゆうものかはよくわからないが、コンサートの最後に京都市長が、いつもの着物姿で出ていらっしゃって、
「日本を代表する指揮者の高関氏に京響を云々…」
とおっしゃったので、京響を主に責任をもって振って下さるという立場だろうか。
経歴を見ると、外国での受賞歴も華麗です。
以前大阪で一度拝聴したことがあって、生真面目な音楽という印象だった。
今回も、生真面目な正統派という感じだったのですが、印象に残ったのは、団員の方々の指揮者に向き合う態度の真剣さでした。
これは、ちょっとした音の狂いも聞き逃さない方なのかも。

曲目は、スメタナの「わが祖国」という75分の大曲です。
六つのパートに分かれているうちの第二が、中学校で習った「モルダウ」で、日本人好みの憂愁と希望を感じさせる曲。解説によると、大河の様子を音楽で具体的に描写しているということだ。
ふ~ん、そうだったのですね。

チェコも複雑な歴史を持つ国だ。この曲はそんな複雑な国の事情を体現した、チェコを代表する曲とのことでした。

それにしても、ここ10年、クラシックファンが増えているのではないのだろうか。




by Kinotomii | 2019-07-30 18:33 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

京都市交響楽団 第634回定期演奏会

ようやく、待ちに待ったコンサートに出かけた。
京響の定期だが、指揮者は、シンガポール出身のカーチュン・ウォンという1986年生まれ。
ソロヴァイオリンは、1988年生まれのノルウエー出身、ラグンヒル・ヘムシング。
うまいです。妙技です。力がある。姿かたちも美しい。
曲目は、吉松隆という方の、「鳥は静かに…」。
民族音楽をやっていた時期もあったそうで、音が民族調の哀調を帯びた音になったり、澄んだクラシック調になったり、自由自在に行き来する。
数えてみれば31歳ですか! 31歳でこの技術、と思った。
技術が素晴らしい上に姿が美しい。
又、一台のヴァイオリンで、二台分の異なった音を出す。
ソロはとても上手かったが、シンフォニーの面々は曲へのなじみが薄かったの、この曲を消化しきれていなかったのか、あまりやる気が見えなかった。
珍しい曲だろうか、と思う。現代の作曲家で、珍しい経歴だ。

次のシベリウス:ヴァイオリン協奏曲では、全員集中して指揮者の要求に応えていたが。
ボリュームがあってなかなか良かった。指揮者も頑張った。
若手の中では注目の指揮者とか。

今日はゆっくりと贅沢できた素晴らしい一日だった。
というのは、
いつものごとく、まず「吉村」で蕎麦を頂き(三種盛りのザルで、1290円。当日打った蕎麦だそうで、コシがあってとてもおいしいです)。三人前くらいの量がある。

その後、コンサートが始まる14:00まで、隣の府立植物園のバラ園に遊んだ。さすがに、観光客はここまではあまり入っていない。

園内は今を盛りとバラが咲き競っていた。
名前は覚えきれないが、写真におさめずにはいられない。


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深紅のこのバラは、香りがとても強かった。
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適当に涼しい鑑賞日和で、観光客も多くはなく、ここ植物園は、200円で一日中遊べそうな、穴場です。
おまけに70歳以上は無料。

今から36年前、子供たちは6歳と4歳。アメリカからの友人夫妻をここへ案内し、家族総出でバラを楽しんだことを思い出した。

シャクヤクも満開で。
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by Kinotomii | 2019-05-18 21:42 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

(ラヴェル編曲)組曲 展覧会の絵

2019年1月19日、京都コンサートホールに今年初めてのクラシックコンサートに行く。
何しろムソルグスキーの「展覧会の絵」だから絶対に聴かなくては!!、と昨年早々と予約した。指揮者はマルク・アンドローエ。ヨーロッパの方。

まず、こちらのYou Yubeで、ロイヤルコンセルトヘボウの1991年のサントリーホールでの演奏で、お馴染みのプロムナードの部分の記憶を蘇らせていただいて。
https://www.youtube.com/watch?v=RX-puWNKNg4
皇室ご一家の天覧演奏会となっていますので、最初に「君が代」が入っていますが、こんなに美しい「君が代」はめったに聞いたことがない。
指揮者(リッカルド・シャイー)も楽団も残念ながら京響よりは一段上だから、とても!美しい音です。

しかし、今日の京響の「展覧会の絵」もすごく良かった。
その証拠に、終わった途端、楽団員同士が周囲を見回して笑顔で共感を分かち合っている風景が見られた。又、パートごとに集まってお互いの共感を確かめ合っている風景が見られた。
ご本人たちも満足だったに違いない。
こんな風景は、どのコンサートでもこれまで見たことがない。

何しろ大曲ですから。元々ピアノ曲なのに、ラヴェルの編曲がすごいのだそうだが、あの有名なプロムナードの部分をいくつもの楽器で聴かせる。
まずトランペットの晴れやかな音で幕を開け、チューバやフルート、クラリネット、トロンボーン、バスーン、特に、サックスの音が秀逸だった。サックスはセクシーだ。若い奏者で見たことのない方だったが、後で確かめたら客演奏者だった。あの周囲を圧する色のついた音は、才能だと思う。思わず、「うまい」と小さく呟いた。終わって最初に指揮者が指さしたのは、やはり、サキソホーンの崔勝貴という人だった。拍手も一段と高かった。やはり、みなさんわかるのだなあ,と思った。後でバスーン(だったかな?)の経験者に聞くと、あの部分はバスーンから次第にサックスに入っていくその滑らかさが聴きどころなのだそうで、だから! サックス奏者とバスーン奏者が、お互いに笑顔でうなづきあっていたのだなぁ…。

それに、この曲は打楽器が大活躍する。
シンバルなど、数種類の大きさのシンバルを使い分けるとは、上から見ていて初めて知った。緊張と集中力があって、見ていても気持ち良かった。疲れが取れました。夫婦間の緊張も。一つでも共通の趣味があるということは良いことです。

こちらは、1986年ベルリン交響楽団。カラヤン。
https://www.youtube.com/watch?v=go6WSgfgZoM
リッカルド・シャイーよりもおとなしい。淡々としている。やはりこの曲はロシアらしく深い陰影をつけて欲しい。リッカルドの勝ちと思わせる。今日の京響の音も張りがあって満足です。
この演奏の良し悪しは、まず指揮者の力量によるところが大きいのでしょうが、コンサートマスターの力も大きいのか、最後に指揮者のアンドローエは泉原さんを立たせて肩を抱き、聴衆にアピールした。

こんな幸せな時間は人生にそう多くはない。人生の仕切り直しができる。有難いことです。


by Kinotomii | 2019-01-21 06:43 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

京都市交響楽団 第629回定期演奏会

11月17日、しばらくぶりのクラシックコンサート。
このところ音楽の楽しみがなかったから、大分前から心待ちにしていた。
期待した通り、今日は本当に満足できるコンサートになった。

指揮者は、アレクサンドル・ラザレフというロシア人。2008年9月から8年間、日本フィルの主席指揮者だったとか。
2016年9月には、桂冠指揮者兼芸術顧問をされている方。実力者です。

このような外国人ゲスト指揮者の場合、京響では、始まる前に曲目や作曲者の蘊蓄を語る時間をもうけてある。
ラザレフは、早々と舞台に上がりユーモアを交えて、今日の曲目の作曲者二人の周辺を詳しくロシア語で語られた。通訳付き。

終わってから思ったことだけど、多分、京響の団員とのち密で親密なコミュニケーションを取っておられたことだろう。
指揮者と演奏者とのチームワークがぴったりで、大変素晴らしい音だった。
団員全員が、最初から最後までキッと集中しておられた。だから、音に元気があり、しかも澄んでいた。
名指揮者とは、こういう人のことを言うのだろうと思った。
  <<(40年まえのことを思うと)京響も上手になったなぁ>>
なんて、生意気なことを思った。本当に、弦楽器も金管楽器も自信のある音が出ていて、不安がなかった。
意欲的で貫録があった。

今回は特に、ボロディンには、コントラバスが活躍した。あの低い弦の音が何台も同時にテンポよく奏でられると、腹に響くような快感がある。
又、弦楽器と金管、木管楽器が互いにしのぎを削るような緊張感で交互に主張し、スリルたっぷり。
タンバリンやハープで時に長閑な民族性を聴かせ、良くできた曲なんじゃなかろうか。。
指揮者も曲の世界に浸り切っており、熱狂的な指揮。
面白いと思ったのは、演奏者に対して、指揮者ではなく聴衆に向かって奏でよ、というようなパフォーマンスを何度もされたこと。

楽譜は見台の上に乗っていなかった。ただ、ノートが一冊。
楽譜は頭の中に入っているのでしょう。
グラズノフの「四季」とボロディンの「交響曲第2番ロ短調」の2曲が、メリハリの利いた飽きの来ない、楽器の数の多い曲だったことも良かった。
ロシア人がロシア人の曲を指揮すること、納得。
コンサートマスターの泉原さんの力も、目に見えないところで効いていたと思う。

今日は、吉村の蕎麦ランチもおいしく、おまけの紅茶もおいしく、時間つぶしに入った、コンサートホールの隣の京都府立植物園も、広々、のんびり、手作りのイベントもやっており、気候も申し分なし。充実した一日でした。
一日が二日分くらいの充実感があり、今日は恵まれた一日でした。


by Kinotomii | 2018-11-17 21:40 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

ニューヨーク・フィル・ハーモニック 2018年3月11日

待ちに待ったニューヨーク・フィル と五嶋龍のバイオリン。
ニューヨーク・フィルの美しい音と五嶋龍の存在感、惹きつけられる余裕ある奏で方、期待通り。
こんなに豪華なコンサートは、一生に2度経験できないかもしれないから、
超満員。欠席者もほとんどなし。

指揮者はオランダ人のヴァン・ズヴェーデン。
顔(かんばせ)は記憶にありましたが、意外に小さい方です。
思えば、名指揮者で身長が低い方は案外多い。

パンフレットなどはプロのカメラマンの仕事なので、どなたも芸術家らしく映る。
実際に見なければ意識することはないのに。
しかし、演奏スタイルは、体全体で表現する狂いのない指揮。
割と情熱的で、全てを把握している感じ。
ニューヨーク・フィルの次期音楽監督だとか。
名前、絶対に覚えられそうにない。
アムステルダム出身で、コンセルトヘボウ管弦楽団の史上最年少(19才)コンサートマスターだったとか、パンフレットに書いてありました。

五嶋龍は、テレビや雑誌でおなじみの方。
曲は、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲。
実際に目の前で演奏される姿は、もっと魅力と愛嬌と知性に満ちていた。
前から5列目だったので、表情が良く見えた。
片足を前に踏ん張って親しく聴衆に近づいてくる感じで弾かれる。笑顔の表情で力強く、繊細に、余裕をもって奏でる。
前から見ても後ろから見ても、申し分なし。

とにかく、余裕です。といっても、だらけているんじゃなくて、知的エネルギーがまだまだ余っている感じ。才能と言い換えても良いのでしょうか。

音にも、聴衆にも、楽団に対しても、当然でしょうが、少しも怖れなし。
だから、100パーセントの実力を出せるのではないだろうか。

世界的バイオリニストであり、早くもレジェンドと書かれるこの方、ハーバードで物理を専攻。
天は二物も三物も与え給うたようです。

おまけに、弾くスタイルや表情から感ずるに、性格も良いように見える。
ひねくれたところなし。
そりゃ、血筋良し、知能良し、外見良しだもの。
やっぱり、音楽も体力と脳力勝負だな。体力、知力、脳力、必要だと思った。持っているから努力できる。努力できることが天才の証。

ニューヨーク・フィルに感心したのは、始まる30分前から、ほとんどの楽団員が舞台上で練習していらっしゃること。始まる頃には、コンサートマスター以外は、舞台に出ている。
そして、熱心に練習される。その様子は、さすがアメリカ人、屈託がない。
休憩しているようなスタイルで、みなが和やかに語ったりしながら練習。
曲は、ストラヴィンスキー「春の祭典」。
好きな曲です。体力、知力が要る音楽です。
終わった時には、袖に引く指揮者の後ろ姿から疲労が立ち上がっているのが見えた。

一流とはすごい。今年はもうこれで満足しよう。
欲は出さないことにきめた。




by Kinotomii | 2018-03-11 21:52 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

第619回京都市交響楽団定期演奏会 ジェームス・ジャッド

期待通り、大変満足した。
バイオリニストは、木嶋真優(きしま まゆ)さんという若い方。この頃演奏家の誕生日が書いてないけど、2000年には、国際バイオリン・コンクールのジュニア部門で、最年少で最高位を取った方とか。
曲目はあの難しい(と言われる)プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第2番、ト短調。
ややこしい曲ほど若い演奏家にとってはやりがいがあるのでしょうね。
それにしても、ヴァイオリニストもピアニストもこの世にはたくさんいらっしゃること!
ヴァイオリンはストラディバリウス1700年製です。最初に奏でた瞬間、体に響くほどの魅力がある。
テクニックの必要なこの曲を精魂込めてひいていらっしゃることは、聴いている聴衆にはよくわかる。そして、
終わったときには、消耗しきったような感じだった。それでもアンコールに応え、「ふるさと」を編曲したバージョンで弾かれた。この選択は好ましい。

指揮のジェームス・ジャッドもうまい! これも大曲のホルスト:組曲「惑星」を、疲れも見せず指揮し、団員も良く応えた。ハープが2台、ドラやシンバルやティンパニも2台出て、何とも言えずにぎやか。演奏者は言うに及ばず、聴衆のどの人も集中しているのがわかる。
失礼ながら、「よく間違えずに自分のパートを弾けるな…」とプロに対して余計な心配をしつつ。
というのも、ほんの1小節だけ管楽器や弦楽器や打楽器の独奏が入ったりする。ここ、というときのトライアングルやドラの音が入ったりする。このややこしい楽譜を、全員が読めてはるんですよね~、と又もプロに対して失礼なことを考えながら、それほどの大大曲だったんです。

この曲は、「火星」「金星」「水星」「木星」の4パートに分かれているが、すべて終わったときには、肩の荷が下りたような気がした。自分が大仕事をしたような満足感でした。





by Kinotomii | 2018-01-27 14:12 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

今年も第九の時期になりました

とうとう今年も第九の時期となりまして、今年は、行き慣れた聴き慣れた、京都市交響楽団を、井上道義指揮で聴くことに。
井上道義という指揮者は有名な方ですが、聴くのは今回が初めてです。
今日、12月27日は会社員はまだ仕事で、息子夫婦と合流できないのが残念。

忙しすぎた今年。色々な人々へのお礼やら手紙やら、後処理にまだ手間取って、頭がコチコチ。
こんな時、第九は恰好のストレス解消になると思われる。
チケットは完売だそうです。 今から熱気が想像できる。

この曲は、楽団や指揮者も重要だけど、実は合唱団の実力がデキを左右するような気がする。やはり合唱が主役。今年は「京響コーラス」とある。
数年前のケン・シェが思い出される。



by Kinotomii | 2017-12-27 11:45 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

ハンブルク交響楽団 7月3日夜7時

待ちに待ったハンブルク交響楽団のコンサート。
クラシックはしばらくぶりだったし、良い席も取れていたので、大変楽しみにしていた。

いつもの通り、吉村で蕎麦を食し、その後ゆっくりと京都コンサートホールに入る。
ちなみに、コンサートホールの近くにある蕎麦の吉村は、そこそこの値段で蕎麦はおいしいし、接客態度も訓練されておりとても良い。今宵は、夫婦共にざる蕎麦大盛り。

指揮者はシュテファン・ザンデルリンクという方。写真では40歳代に見えたが、登場された姿は???の感じ。前半は日本人へのサービスのつもりなのか、ベートーベンの「エグモント」と第5番「運命」。音を聴いて、え? と耳を疑う。
ぎこちない。団員は真剣に楽譜を目で追い、楽譜通りに弾いています、といった感じ。疲れも見える。

このコンサートは、BIG3 と銘打った三大交響楽団(ロイヤル・コンセルトヘボウ、ニューヨーク・フィルハーモニック)をまとめて販売するシリーズものの贅沢なもの。S席を3回まとめて51000円。わが家には大変贅沢だけど、旅行に行ったつもりで楽しみを買いました。ハンブルク交響楽団はこれの1回目だった。だから、特別な期待があった。だからこそ、前半の音には、疑問符。
 こんなところに来る人々の多くは、「運命」は色々な指揮者で何回も聞いている人が多いのに違いない。コンサートの予定を見てみると、6月末に来日して以来、ほぼ毎日日本のどこかで演奏していた。
岩手から始まり、青森、山口、京都、そしてさらに関東へ移動し、再び福岡、鹿児島と、毎日入っており休む暇もない。移動日、というのもない感じ。

でも、後半はブラームスとなり、これは慣れた調子で楽団員もノリノリで美しいハーモニーを聴かせて下さった。そして、鳴りやまぬアンコ―ル拍手に応えて、用意していたらしい軽妙な曲を楽し気に演奏された。

最も嬉しかったのは、この夜、よく眠れ体のコリまで取れたことだ。
どこかで読んだ記憶があるのだが、音楽は言葉とは異なる脳を使うので、
思考を停止するとか。だから、独裁者などが大衆を思い通りに操るには、音楽を使うのが良いそうだ。
私の場合、普段言葉の部分ばかり使っているので、コンサートが良い脳の休息になったのだと思われる。

海外のシンフォニーと日本の違いは、金管楽器にあるように思う。ホルンとか、トランペットとかトロンボーンとかバスーンとかの音が、素人の耳にも海外のものは澄み切っており安心して聴ける。こんな音だったのか、と思うことも多い。




by Kinotomii | 2017-07-11 21:49 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

プラハ交響楽団

3月14日(火)プラハ交響楽団を聴きに京都コンサートホールへ。

チェコはレベルが高い、という夫の勧めで久しぶりに京都へ。
スメタナの連作交響詩<わが祖国>6パートを延々と演奏しきった。
モルダウが流れるこのあたりの曲は少し物悲しくて、日本人好みだ。


指揮者はペトル・アルトリヒテル という舌を噛みそうな一度も聞いたことのない名前の方。写真では髪が白かったから年齢に危惧していた。
ところが、舞台に出て来られた足取りと体の颯爽としていたこと。
指揮の様子も、思いがけなく自由自在の感じ。
軽音楽でも指揮するように、身体を前後左右にくまなく動かして広上を思い出させた。案外お若い方かも。
そして、一切手抜きがない。向こうの楽団はどこも、最初から最後まで集中しきり、真剣な表情を崩さないという印象を持つ。
この日のアルトリヒテルも、終わったら精根尽き果てた表情が体中から発していた。
その様子は、座席にいる我々に、満足と敬意と感謝を持たせてくれた。
誠実で真面目で音楽の世界に入りきった仕事熱心を目の前で見せられたら、音楽のすばらしさは言うに及ばず、知らず知らず感動し深い影響を受ける。
この日のデキを点数化するとしたら、95点以上でしょう。

指揮者の聴衆への親しげな表情と、楽団員の変に馴れ馴れしくない態度も良かった。
このあたりの方々は、生真面目なんだろうか。
国によって、本当に雰囲気は違うと思う。
そして、初めてのことだったが、打楽器の良さが際立っていたと思った。
打楽器に共感することは珍しい。シンバルも、どこか違った。
ピッタリ合っているというか…。
案の定、最後に指揮者が指揮棒を指して賞賛したのは、打楽器奏者だった。

音楽はいい。
聴いている時は言葉で何も考える必要がない。脳を休ませることができる。
坐禅もこのようにできたらなぁ。

愉快だったのは、最後の拍手の大きさは当然として、アルトリヒテルが、アンコールの拍手鳴りやまなくても、会場に向かって
「もうこれで私の力は使い切りました」
と言わんばかりの表情で、指揮台に置いていた楽譜を両手で抱きかかえ、
「サヨナラさせてください」とばかりほほえみながら袖に引っ込んで行ったことだ。
そうですよ。それでいいんですよ。とほっとした気持ち。
ここまで力の限り演奏してもらったら、今年のコンサートで印象に残る一つになるはずだ。
満足です。


by Kinotomii | 2017-03-23 15:30 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

京都市交響楽団第608回定期

先ほどテレビを見ていたら、往年の巨匠、朝比奈隆の「私の履歴書」というのをやっていた。

若いころ、コンサートといえば大フィルか京響ばかりだったもので、フェスティバルホールで一番多く聴いたのは朝比奈隆だった。
といっても、十の指に足りない回数だけど。

そのころ、朝比奈隆の指揮は、端正で重厚できれい、といった印象だった。
ところが、さっきのテレビで見た練習風景では、情熱的で熱心な別の顔を見せて下さった。
「指揮者は胸に燃えるものを持っていないと、団員を燃やせない」
名言だ。

いつも思う。指揮者の力量次第で楽団の音が違う。
指揮者の顔の見えるところから広上淳一の指揮を見、演奏を聴いた時から、
このことが、方程式のように間違いのないものとなった。
でも、熱情は指揮者の後ろ姿からもわかりますけどね。

で、608回は、下野竜也氏。
前からこの人の指揮を聴きたいと思っていた。経歴がちょっと変わっているということと、パーソナリティが面白い、と故郷鹿児島の友人に聞いていた。
曲目もブルックナーですから、変化が多いから居眠りせずに聴ける。

思った通り、なかなか良かった! 力が入っていて引き込まれた。
つい、身体を前に乗り出してしまった。
指揮に魂が入っていると、演奏する団員の方々もピッと集中するのが客席からもわかる。

京響の弦楽器の音はとても美しい。
今回のブルックナーの交響曲0番ニ短調というのは、ビオラが活躍する。
普段はビオラがどこを担当しているのかよくわからない曲が多い。
しかしこの曲は、低い、胸に響いてくるような印象深いビオラの音の繰り返しが、そのたびに聴く者の集中力を高めてくれる。

招待ピアニストは、パスカル・ロジェというフランス人だったが、いかにもモーツアルトらしい優しい音だった。
拍手も多かった。何回も何回も出たり引っ込んだりされた。
もうこのくらいで解放してあげましょうよ、と思っていた。
でも、アンコールに応えなければ解放しませんよ、とばかり、アンコールのおねだり拍手は鳴りやまない。

あまりにしつこいと、演奏者に対して賞賛のつもりが負担になるのではないか…、と考えるのは、ミシガンで聴いたベルリンのアバドーの指揮の時からだ。

2001年、アバドーは、ベルリンの指揮者を引退する、と宣言してこの年、世界中を引退行脚していた。
曲はベートーベンだった。
私はこちら方面にど素人だったが、その私にも演奏の言うに言われぬすばらしさは十分にわかった。
演奏後、客席が総立ちになって、拍手はいつまでも鳴りやまなかった。
アバドーは何回も出ては引っ込んだが、ついにアンコールに応えることはなかった。

本曲に全精力をつぎ込んだら、次に小品をおまけとして演奏するのは、観客が考える以上の負担に違いないし、本曲が上等の和菓子だとしたら、その後で、アンコール曲の駄菓子を食べると、コンサートの印象は、和菓子ではなく、駄菓子になってしまう。
アバドーの胸にもこれがあったのではないか、と密かに考え続けている。






by Kinotomii | 2017-01-29 20:51 | 音楽 | Trackback | Comments(0)