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やりたいこと、行きたいところ、話したい人、書きたいことが多すぎて。
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奈良の誇るもの① 正倉院御物

とうとう、東京からの友人二人の来洛がかなった。

奈良は秋が最も良い。
大きな紅葉の名所があるわけではないが、秋には国民的行事である東大寺正倉院宝物の虫干しを兼ねた正倉院展が、10月下旬から11月中旬にかけて行われる。
名産の少ない奈良である。
美味しいものも少ないといわれる奈良である。
しかし、この「正倉院展」は全国に自慢できるものである。
それで、友人知人は秋に呼びたい。
正倉院御物を見てもらい、
「奈良は特別な地なんですよ」
と、生粋の奈良っ子ではないものの、なんとなく誇りたい気持ちになってしまう。

普段は、
「奈良は大仏商法で」とか、
「奈良には宿泊施設が少なくて」とか、
「奈良県は海がなくて」とか、
「奈良は道が狭くて」とか、
「奈良県人はケチで」とか、
「奈良の店はサービスが悪くて(大阪に比べて)」とか、
悪口ばかり言っているが、40年も住めば奈良の人間の側に立ってしまう。

今年は都合3回も御物を見ることになってしまった。
20年以上も毎年続けて通えば、2回目、3回目のお宝も多いが、他県の方々を案内するのだから張り切って疲れもしない。

と同時に、女性のお客様となればお食事も大切である。
奈良パークホテルの宮廷料理「天平の宴」がお薦めである。
http://www.narapark.jp/tenpyou/
12000円、と少々お高いが、昼、夜、それぞれ1グループのみであり、天平時代のお屋敷を模した厳かな雰囲気の室で、天平美人のサービス付きである。
また、宴の歴史や素材の説明付きである。
これが、最初に運ばれてくるお料理の一部。
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左上から、鯛の昆布じめ、蘇、鹿肉の干し肉、酢、藻塩、など。
余計な味付けはしておらず、素材のうまみを凝縮した、文句のつけようのない味である。
東京からの二人の友人は、大いに恐縮し、大いに感激し、デザートまで入れて24品目もあるお料理をきれいに食べきった。
このお二人、もうすぐ海外に移住する公務員を勤め上げたAさん、息子さんを高校からアメリカの学校に行かせたBさん、と海外との往来も多い女性たちである。
満足した、と感激しきりであった。
百聞は一見に如かず。





by Kinotomii | 2015-10-30 21:35 | 旅日記 | Trackback | Comments(0)

マラソン

10月25日、大阪マラソンが開催された。
CiRAニュースとマスコミで知り、たまにはマラソンの応援をやってみたいと思っていた。
大阪マラソンには、山中伸弥氏が出場されることがわかっていたからである。

しかし、この日(10月25日)は、美濃と伊勢を流れる木曽川、長良川、揖斐川の木曽三川の治水工事で命を落とした薩摩義士の顕彰会が行われる日なので、この法要を優先し、またも応援はならなかった。

 スポーツの中でも、長距離はもっとも苦手である。
赤ん坊のころ父親から肺結核が移ったらしく、右肺の一部が損傷を受けているのがわかったのは、30歳を越えてからである。
そのため、長時間走るとすぐに息が切れる。
高校時代の年一回のマラソン大会は、地獄のごとき苦しみであった。
女性徒180人のうち、順位はおおよそ170位くらいであり、自分ながら根性がない、と劣等感に陥ったものだった。
自分の肺の状態を知らなかったからである。
息も絶えんばかりに運動場に戻ると、すでに終わった学友たちは褒美の飴玉をなめながら、温かい拍手で迎えてくれる。
この時の悲哀感といったら……。

こういうわけだから、マラソンを走る、と聞いただけで尊敬の念がわく。
自分の苦手なことに挑戦する人々がいらっしゃり、資金集めの一助にする行動そのものにコロリと参るのである。
この辺にも、私が寄付に走った理由の一つがある。

CiRAニュースを読むと、今年は、
チャリティアンバサダーの山中伸弥所長、チャリティランナーの戸口田淳也副所長、妻木範行教授、長船健二教授、渡辺亮助教、三嶋雄太研究員が出場されたらしい。


by Kinotomii | 2015-10-26 21:36 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

ランチと寄付

細々と自分の言いたいことだけを「歯に衣着せず」といった感じで率直に書いているブログである。

昨日、「先端医療 治らない病気への挑戦」へ、一人の方のアクセスがあった。
数か月前に書いたものであり、意外であり嬉しかった。
読んでくださる方は少なくても、自分の知らないどこかの誰かが確実に目を通していて下さるということだ。

私がiPS細胞に興味を持ったのは、ある親しい友人の影響である。
彼女はパーキンソン病という、次第に筋肉の動きが弱くなる難病を抱えている。昔同じ職場で仕事をしていた仲間であり、近所の信頼できる友人でもある。
私たちは、ある悲しい経験を共有していることから、強いきずなで結ばれている。
彼女は50歳を越えたころに発病した。それから20年近くが経った。
進行はゆるやかであるが、最近確実に歩くのがきつそうだ。
遠くの専門医に通い詰めている。

この彼女が、山中伸弥氏を含むノーベル賞受賞者の講演会のチケットを、「行けなくなったから」と、くださったのである。
彼女は、ご自分の病気への切実な不安から、iPS細胞研究に大きな期待を抱いて、自ら直接山中氏のお話を聴きたかったのだろう。
この時、京都の北の端で山中氏のお話をまじかに聴いたことが、文系の私が科学への目を開くきっかけとなった。そして、勉強も始めた。

現場で働いている研究者に実際に会って話を聴くと、特にこの分野の研究者は、一時の時間も惜しんで研究に取り組んでいるし、一般社会の人々に、研究の大切さ、内容、興味関心の喚起を強く願っている。
オールジャパンで取り組まなければ、資金の豊富な米国はじめ、大国の人的資金的プロジェクトに負けてしまう、という不安感や焦りが伝播してくる。

何としても研究の速度を上げて、薬の開発など、世界一にならなければ、プロジェクトの意義が薄れる。そのため、一般人を研究施設に入れ、実験室を見せ、コンパクトな研究発表を行って、専門家の世界に一般人を引き入れている。
京都大学iPS研究所
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ここが入口
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理解と応援を願うからである。ただ、寄付金を乞うばかりでなく、山中氏をはじめ、何名かの方々が、自ら京都マラソン、大阪マラソンを走って、本気と頑張りを見せる。

この計画を知って、だから、私はすぐに、わずかであるが寄付をした。
今はこれが最も必要なことだとわかるから。
以来、少しずつ寄付を続けている。
1回の寄付は、ちょっと頑張ったランチ程度である。
ランチなら食べればおしまいであるが、寄付金は、わずかずつでも集まれば以後の科学の発展の助力となり、ひいては、難病の人々の治療方法の開発、薬の開発、病気で苦しむ人々の救いにまで及ぶ可能性もある。
名の知れたお店でランチやディナーを頂けば、おいしいと思うのは一瞬で、次にはお腹の脂肪の増え具合を気にしなければならないのに対して、寄付をすれば、自分自身も気持ちが良いし、確実に生かされるお金となって満足感を得られる。

ところで、
難病を抱えた友人の目下の希望と喜びは、自分で家事ができること、デパートの商品を見て回ること(デパートまではご主人に連れていってもらう)、果物を育てること、友人知人にもらってもらうことである。
謙虚に生きる喜びを、私は彼女から学んでいる。





by Kinotomii | 2015-10-21 21:48 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

関東の樹木葬はドイツと同じだった!

変わっているのかもしれないが、仏壇を見たりお墓参りが好きな方である。
墓石は別として、仏壇は丁寧に作られていて大変美しいものが多いから、眺めているだけで所有したくなってしまう。
若いころからお寺巡りを趣味としていたので、これの延長であろう。

 近くの集会所で、終活のセミナーをするというチラシに引かれ、出かけて行った。
主催者は仏壇屋である。
これだけで、多少鈍くても、勧められた話ではないのではないか、というのはわかる。
行ってみると、受講者は二人。私が加わって3人になった。
やはり、墓地と仏壇と、相続のあれこれであった。
内容は本など読んでほとんど知っていることばかりだったが、樹木葬のことについて質問すると、
最近は下火だという。
関西と関東ではやり方が違うという。

以前、墓地のチラシの中に、樹木葬として、桜なりモクレンなりの木の下に小さなプレートを並べ、数名でその木を所有する樹木葬の宣伝があった。
これが関西風樹木葬だという。

ところが、関東では、ドイツと同じ方式があると知って少なからず驚いた。
このブログでも書いたが、友人のバルツ氏の妻が眠るのは、ドイツのシュバインベルクにある「自由の森」または、「聖なる山」と呼ばれる樹木葬の聖地の中である。
家族で1本の木を買って、その下に、直接遺骨を納めるという。
やがて土に返り、木が個人の魂を吸ってさらに成長するしくみである。
関東地方には、この方式の樹木葬が存在するという。

今や、家や墓地の継承は難しくなった。
いつかは、実際の家屋敷も、数代続いてきた「家」も、よほど歴史のある家以外は、なくなる運命と思わねばならないだろう。






by Kinotomii | 2015-10-18 11:14 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

親の心は神の心

先日、家のポストに小さなチラシが入っていた。
さる宗教団体のチラシだった。
「親の心は神の心」とタイトルにあって、以下のように本文が続く。

「 この世で親の 心ほど信じられるものはありません。
親は毎日子供のことを心配しています。(略)
親は子供に百ほど言いたいことがあっても、一つくらいしか言いにくいものです。だから子供は親の心を察して気づくことが大切です。
 親の子供に対する愛情表現は、小言をぶつぶつと言うことです。子供は面白くないことかもしれませんが、その小言を一生懸命聞いてくれる子供ほどかわいい子はありません。
(略)
親の一番うれしいことは、自分の間違いに自分で気づくことです。そして、家族仲良くして、ぜいたくや勝手をしないように、そして人のため、世のために、毎日一生懸命に頑張ることです。
親は、ガンバレ! ガンバレ! と毎日叫んでいます。
(略)
そんな親を困らせたり、泣かせて、幸せになることは絶対にありません。」

全く、全く、チラシの言うとおりではないか!
「百ほど言いたいことがあっても、一つくらいしか言いにくい」とか、
「親の愛情表現は、小言をブツブツと言うことです」とか、
まったく、親は切ないものだよな~。
我々の親もそうだった、ということが今わかります。

いや、今の子供たちより我々のころの方が、もっときつかったかもしれない。
封建的教育を受けてきた(と思い込んで)親世代は、近代的教育を受けている我々から見たら、価値のないもののように思って見下して。
また、親たちの教育のなさに対して、団塊世代の我々は、少なくとも高校大学まで行っているから自分たちの方が賢いと思い込んで。
親たちもまた、大学まで行かせたことを一種の誇りとするとともに、自分たちの教育のなさを自覚させられて自信を失い、黙るしかなかったあの頃。

しかし、今わかるのですが、人間の賢さは、学歴や近代的教育で決まるものではない。
また、今の教育の方が昔の教育に優るものでもない。
親孝行は、親のためではなく結局自分のためになるものです。
なぜかわからないが、
「親を困らせたり、泣かせて、幸せになることは絶対にありません。」
一つの例外なくこうなのです。





by Kinotomii | 2015-10-16 21:47 | 親子関係 | Trackback | Comments(0)

夫婦だけのお宮参りを見て思うこと②

若夫婦二人だけでお宮参りをされていた、あの東京の神社でのことを書いてから、ふと、ネットで検索をかけてみると、
悲しいかな……、若いご夫婦の方々のご意見というのはこんなものなのか、と、淋しいとも情けないともやりきれない気持ちになった。
まるで祖父母は圏外のお客さん扱いである。

あのご夫婦を見ていて我々夫婦の感想は、
「若いのに、こうしてお宮参りに来てご祈祷をしてもらっていることが、エライね、あのご夫婦」
というものだった。
多分、と私は思うのだが、双方の御両親は、初孫の宮参りに同道されたかったことだろうと。
息子の子であろうが、娘の子であろうが、孫が生まれたらお祝いを上げたいし、見に行きたいし、写真も見たいし、声も聞きたいし、おむつも替えてやりたい。
これが標準的な祖父母の感情というものだろう。
しかし、東京に住んでいると、実家が遠い人々も多い。
妻の実家に帰省して出産することができない方もあろう。
妻が仕事を持っていれば長期間の休みはできなくて、夫婦で頑張らざるを得ないこともあろう。
自分のことを思い返すと、2回の出産はどちらも実家に帰省はしなかった。
2週間くらい実家の母親に来てもらい、できるだけのことは自分でした。
多くの地方出身の女性たちは、このような形が多かったのではなかろうか。

親が仕事を持っていて忙しければ、こまごまとした親のサポートを受けられず、または、親に関わって欲しくなくて、という場合もあるのだろう。

私は、ネットの発言の多くを読んで、いつの間に若い人々が、
「自分たちの生活だけが大事」
といったような、祖父母をお客さん扱いする感情が蔓延しだしたのだろう、といぶかしんだ。
子供は、雑貨屋のガチャポンで釣ってきた偶然の産物ではない、ということを言いたい。
両親を選び、生まれる日にちを選び、存在するべくして存在しているのだ。

by Kinotomii | 2015-10-14 16:08 | 親子関係 | Trackback | Comments(0)

甑島(こしきしま)

9月に訪れた薩摩川内市の甑島里町は、想像通り、人情豊か、自然豊か、魚豊か、の
土地だった。

「甑島」は、昨年あたりから、公式には「こしきしま」となった。
「こしきじま」と言いなれた島民はこれに激しく反発したが、元々奈良時代には
「こしきしま」であったろうし、英語表記にすると「koshikishima」となって、
外国人にとっても「コシキシマ」と言いやすく、「シマ」=「iland」と知っていれば、「koshikishima」が島であることを理解しやすく、外国に売り込みたいときにも(自然遺産などに登録申請するとか)都合は良い。
ただし、島の人々は今でも「コシキジマ」と発音している。
これは口語の音便の都合で、濁音化した方が日本人には言いやすいことによる。

和島順子が、父親の赴任地であった甑島の里小学校に在籍したのは、1年、2年のわずか2年間であった。
短かったにも拘わらず、彼女の頭の中には、里の思い出が最も幸せな時代として刻まれていた。
「里に行きたい」
と、亡くなる1年半前から私と二人で帰省準備を行っていた。
それがかなわず、とうとう一人で逝ってしまったから、CDに入った和島順子の歌を携えて、1か月後に思いを届けるべく私が里を訪れたのである。

里の人々は温かかった。
世話役のHさんが同級生を集めてくださり、宴席となった。

赤セビという大魚。鯛に似ているが鯛よりも格上らしい。
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DVDとCDを聴いていただき、翌日にはかつて住んでいたという住宅のあった場所に連れて行っていただいた。
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昔とはだいぶ変わっているだろうが、今の里小学校。
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共にこの道を歩きたかったと淋しさがつのる。
救われたのは、里の人々が明るく、くったくがなく、この甑島に大きな愛情を抱いていらっしゃるということだ。

面白いギャラリーを見つけた。
95歳の元気なおじいさんが自作の作品を展示していらっしゃる、何とも魅力的な
「ギャラリーヒラミネ」
80歳を越えてから作品の制作を始めたそうだ。いや、85歳だったかな?
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面白い。
作品にも元気さがあふれている。
そして、どの作品も南国の島らしい明るさにあふれている。
広い庭には正体不明の、おそらくヒラミネさんの創作である動物が鎮座している。
また、海の見えるテラスでカフェしながら、一服できる作りになっている。
ギャラリーの中の作品群は、
「気に入った」、と言えば、「持って帰りなさい」と言ってくださる。
私はおじいさんに似た、迫力のある手作りの「鬼」を頂いて、
自宅の吹き抜けの壁にかけている。







by Kinotomii | 2015-10-12 17:39 | 旅日記 | Trackback | Comments(0)

踊る指揮者

クラシックでこんな派手な指揮があろうか!
京響の第595回定期演奏会での広上淳一マエストロ、と言わせていただきましょう。http://www.kyoto-symphony.jp/

やはり、素晴らしい指揮者だ。指揮棒で音の指示をしているのではなく、自分が音の中に入り込んで、団員と一体となって、まるでミュージカルの主役のごとし。

指揮台の上で、まるで踊っているようだ。
跳ぶがごとく(実際にジャンプする)、飛ぶがごとく(実際に飛行機が飛ぶしぐさをする)、漕ぐがごとく(演奏者を指さして体を前後に動かす)、泳ぐがごとく(両手を右左にたゆたわせて泳ぐしぐさにそっくり)。

今回は初めてオーケストラの後方の段々席に予約してあった。
予約係りの夫に頼んであった。
それが良かった。
指揮者の表情がすべて見える。広上氏の表情の豊かなこと!
出番の楽器に合図を送り、良ければ親指を立ててグー!を送られる。
時には拳骨の腕を直角にまげて、「良し」の合図を送られるし、あちらを向きこちらを向き、一時も緊張のゆるむ時がない。
シューベルトの「ザ、グレイト」であったが、まさに、
グレイト!
と声を送りたい演奏であった。

40年前と比べ(古くて申し訳ないが)、京響は抜群に良くなった、と感じた時に、
きっと常任主席指揮者兼アドバイサーの広上氏が素晴らしいのだろう、と想像した。
だから、氏の指揮する演奏をぜひとも聴きたかった。
まさにビンゴ!であったと思う。
もちろん、楽団員おひとりおひとりの腕前も優れたものがあるのだろう。
今回バックで聴いてよかったのは、弦楽器、特にバイオリンの音がきれいに聞こえたことであった。バイオリンの側に座っていたからか。
もしチェロの側に座れば、チェロ、コントラバスの音が生々しく聞こえるのかもしれない。
フルートやピッコロなど、普段はあまり関心を払ってこなかった楽器も、音が澄み切っているのがわかる。
また、オーケストラの一員ではないが、舞台環境を整えるとか、人事を担当する人とか、そんな周囲の取り組みも優れているに違いないという感想を持つ。

広上氏は、最後は指揮棒を剣に見立て、エイ! ヤー! とオーケストラに斬りかかる始末で、それもまた、かっこよかった。
以前、若きバイオリニストの佐藤久成(ひさや)を聴きに行ったときに、彼がバイオリンの弓を剣のように払うパフォーマンスを見せた時に、それも音楽家の自尊心が出ているようで喜ばしい感情を持った。
友人は、大げさでいただけない、なんておっしゃっていたが、クラシックだからといって謹厳な態度でばかり演奏していたのでは音の幅が出ないように感じるのだが…。

一方広上氏は、まったくチャンバラもどきなのである。
思わず拍手喝さいしたくなったが、周囲のどなたも難しいお顔をされているばかり。
こんな時は、観客も指揮者と一つになって音を楽しんでも良いのではないのか?
拍手なんかしたら、視聴の邪魔になる、なんて注意されるのだろうか。
曲が終わった最後には、「ブラボー!」がいくつも上がったけれど。
拍手が鳴りやまないので、広上氏は客席に向かって両手でメガホンを作って、
「いつまでも拍手しても、今日はアンコールはありませんから」
とおっしゃり、客席から笑いが起こった。

クラシックコンサートは難しいもの、という常識から離れ、こんな風に純粋に音とエンターテインメントを楽しむ形に変わってきて、日本でも西洋音楽がもっと身近になっているように思う。音楽教育など受けたこともないこの私が、臆面もなくこんなことを書くのだもの!











by Kinotomii | 2015-10-11 11:23 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

夫婦だけのお宮参りを見て思うこと

息子一家は東京に住んでいる。
運動会を見に行ったついでに、一日目は近くにある神社
に3歳のお参りをし、ご祈祷をしていただくという。
駅から歩いて10分くらいの良い雰囲気の神社であった。
孫たちはくったくなく歩き回って遊ぶ。
意外と多くの若い方々の参拝者がある。
そして、どなたも、きちんと型通りの参拝をしていらっしゃる。
在地関西では、ここまできちんとする若い人々はあまり見ない。
何かにつけ、東京は大阪に比べ、しゃんと、きちんとしている印象が強い。
自分と同年配の方々も、しゃんと背筋を立て、大股でさっさと歩いている人が多い。

時間待ちで孫たちを遊ばせていると、
そこに、おくるみに包まれた赤ちゃんを抱いた若いお母さんと、ダークスーツに身を包んだお父さんが、まっすぐ祭神の前に進み、二人で二礼二拍手した。
(お二人は将来、自分たちの赤ちゃんに、パパ、ママ、と呼ばせるのだろうか…)
お宮参りだろうが、我が家のように祖父母は見当たらない。

思い返せば、初めの孫も2番目の孫も、双方の祖父母が息子の任地まで駆けつけ、
4人の祖父母と若夫婦一家という大所帯で、お祓いをしていただいたのだった。
写真も何枚も撮りまして……。

やがて時間となり、待合室に入った。
その若夫婦も、赤ちゃんを畳に寝かせて待合室で静かに待っておられた。
私は近づいて赤ちゃんを見せていただいた。
産まれて1か月だというが、整った目鼻立ちのいかにも女の子という面持の赤ちゃんである。
「きれいな赤ちゃんですね」
と言うと、二人ともにっこりされた。

私は考えてしまった。
双方にご両親はいらっしゃるのだろうが、いろいろな考え方、また、ご事情により、お宮参りに祖父母の参列はないご家族も最近は多いのだろうか。
息子たちの神社参りを思い返すと、お宮参りだけ夫の母が僻地から駆けつけてくれ、
私の両親は、九州の南の端ということもあり、当時の経済状況のこともあり、
まず旅費の工面の負担から、そんな余裕はなかったことだった。
5歳の宮参りは、レンタル衣装を着せ、夫婦だけで氏神様で済ませたが。
当時、友人たちの何名かは、故郷からご両親が出てこられ、にぎやかに宮参りをしたと聞いた。
多少寂しかったが、自分たちの暮らしで手いっぱいの両親を当てにせず、子供たちが成人するまで、自分たちはこのように独立した家族形式で暮らしてきた。

ご夫婦でお宮参りをされていたあのご家族にも、幸あれかし、と人知れず願うことだった。








by Kinotomii | 2015-10-06 07:09 | 親子関係 | Trackback | Comments(0)