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案外うまくいったかも

黄色くなって落ちた梅を、仕方なく塩漬けして、スーパーに行ったら、紫蘇の束が目についたから、ああそうか、こんな時期か、と嫌々ながら紫蘇を塩漬けの梅に投入。

青梅でなく、落ちた梅だから柔らかかった。これが良かったのか、案外きれいな色の梅が漬かった。

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たったこれだけ。
これだけでOK。去年のもまだほとんど食さずに残っているんだから。
昔の農家の主婦たちは、なんと仕事が多かったことだろうか、と思う。
3日くらい干して、再び梅酢の中に入れた。
そして明日また干すことにしよう。

梅干しのレシピは、40年まえの「NHK今日の料理」の一切手抜きのない作り方。その切り抜きを後生大事に取ってあったもの。これで何回か梅を漬けた。今は手抜きだらけだけど、自分ながら昔はよい主婦だった、と思う。
主婦のプロになるのが目標で、
すべて手作りを目指していた。布団も作ったことがある。
でも、もう気楽に行こうと決めている。

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by Kinotomii | 2017-07-31 18:27 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

かしこいお母さん

いつものスーパーで買い物していて、お寿司のコーナーを通りかかった時、とても機嫌の良い3歳くらいの男の子とそのお母さんに出逢った。

男の子は、何が楽しいのか、お寿司を指差したりしながら、何やかやとおしゃべりしている。

子供が好きなので、子供の姿をみとめると必ず注目する。そして一瞬で、親子関係を推定してしまう。

この男の子は幸せそうだな、とわざわざ近くまで行き、買い物するふりをして近くをウロウロした。
よくこんなことをして、こどもの童心を楽しむのが癖になっている。


離れて住んでいる下の孫と同じくらいの年齢でもあり、それとなく観察していたら、その男の子がクルリと後ろを向き、そこに大量に積んであったジャムの瓶を、小さい体でお腹の前に二つ抱えて、お母さんに何とか言いながら見せた。

お母さんは慌てず、

「気をつけてね。返しておいて。気を付けるのよ」と静かに言った。

子供はソロソロと回れ右して、瓶をまた箱の中に戻した。

この子は、ジャムが欲しかったとは思えない。ただ、難しそうな危なっかしいことをして、自分にはこんなことができる、と母親に見せているように見えた。

離れたところで
注意して見ていると、今度は若いお母さんは、
「⚪️⚪️ちゃん、ジャムを一つ取ってここに入れて」
と言った。すると男の子は、急にお手伝いの顔つきになり、責任感たっぷりの表情でジャムの瓶一つを、買い物カゴに入れた。

つぎに、お母さんはこう言った。
「じゃあ、このジャムの向こう側にあるジャムももう一つ入れてください」
ジャムは2種類あった。

(向こう側にあるジャム)!

私は感心した。このお母さんは、初めからジャムを買う気があったとは思えない。子供がジャムに興味を示したことを利用して、その子にとって快適な手伝いをさせたばかりでなく、(このジャムの向こう側)という難しい位置関係を表す言葉を用いて、無理なく頭を使い、集中させ、新しい言葉を覚える、という教育まで一度にやってしまったのである。

私は陰から、この母親の顔をそれとなく観察した。どんな職業を経てきた方なのか…。
もしかすると、幼児教育関係かな…。


自宅に帰り着いてからつくづく考えた。

3歳の子がお店の瓶入りのものを抱えて突然自分の前に示したら、ふとお店のものを落として割りはしないかと心配のあまり、
「危ない、危ない、早く元のところに返しなさい」
と言うのが大方の母親の反応ではないだろうか。

しかし、そうではないお母さんたちもいて、
このように、毎日の母親の心構えの違いから、落ち着いた賢い子供と普通の子供が育っていくのだろうか、と。

何だか子育てをやり直したい気持ち。





by Kinotomii | 2017-07-22 14:13 | 親子関係 | Trackback | Comments(0)

再アップ 豚モモ肉の梅酒煮とカレー

毎年梅酒を漬ける。
梅の量により、2ビン漬けることが多い。
1年では飲みきれない。
余る。
平成14ねんからの分がまだある😅
こんなとき、豚モモ肉の梅酒煮は重宝する。

まず、梅酒1カップに醤油4分の1カップの中にブロック肉を入れ、ヒタヒタになるまで水を足す。生姜の薄切りを加えて火にかける。アクを取りながら30分程コトコト煮る。
たったこれだけ。
時間は好みで。
火を止めたらそのまま冷す。
ソーメンやサラダと取り合わせると良い。
鶏ももでも美味しい。

毎年余る梅は、細かく刻んで、カレーにチャツネの役割として入れると美味しい。
甘酸っぱさがこくを添えてくれる。
最初に牛ブロック肉を、ニンニクとバターで強い火でサッと表面に焦げ目がつくくらい炒め、煙が立つくらいのところに、赤ワインをジャーっとかけ入れ、すぐ火を止める。
これを別皿に取り分け、鍋はそのままに、玉葱を炒めるのと一緒に梅のみじん切りを炒めるのです。
牛肉300グラムに対して、焼酎梅は3個くらい。
アルコールは抜けて無くなるのでご安心。
暑いこの時期、お腹のためにも良い。

料理に時間をかけることが少なくなったこの頃。
短時間で、有り合わせのもので、在庫を減らしながら満足感を得るのが理想的。




by Kinotomii | 2017-07-22 09:15 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

『澤木興道 生きる力としての禅』櫛谷宗則

*安心(あんじん)とは、足ることを知るその日暮らしである。足ることを知るということは、前後を際断してそれに成りきるということである。未来や過去の事を言っているんじゃあない。現在を見つめるのです。現在の心持を尊ぶのである。そこに不変の大生命がある。
    <それに成りきる、ということが普通の人間には難しい。自分をそこに投げ込むことだから。周囲を一切忘れるということだから。凡人はいつも周囲が気になる。それを際断して自分が自分になるために、坐禅があるのだろう。>

*坐禅はいつも新米でおってください。どうして坐堂に入るかとおずおずしている、そんなときやや近いのです。初めて坐った時を忘れず、素人であって下さいよ。
     <「禅マインド ビギナーズ・マインド」で、鈴木俊隆老師が唱えたフレーズと同じです。一生素人であること、これが生きるコツでしょうか。>

興道老師は(すでに遷化されている)、一見して、堂々としたとてもりっぱなお坊様、という風に見えない。一生雲水、といったいでたち。ティック・ナット・ハンも、小柄だし、華々しくはない。翻訳していらっしゃる藤田一照師もこうおっしゃっている。マザーテレサもそうだったな。ただ、神の御心のままに、自分は神の手であるにすぎない、とおっしゃっていた。

「ホンモノ」と言われる人たちは、一見して、いかにもそうですよ、という風に見えないのが特徴だ。必要以上に見せようと飾らないから、自分切りでいられるから、飾る必要がないから、どこかの普通のおじさん、普通のおばさんにしか見えない。

ちょうど一年前のプライムニュースに出ていらした、
樋野興夫: 病理学者⇒「がん哲学外来」を主宰する。
石飛幸三医師。外科医。⇒人間らしい死に方を世間に訴えておられる。
このお二方が、全くの自然体で、テレビに似つかわしくなかったこと!!

ホンモノを見つけようと思ったら、注意が肝要だ。自分が人生をごまかしていたら、虚飾に目が行きホンモノとは絶対に出会えない。ホンモノは、ホンモノにしか見つけられないということ。
本当に生きないと、人生、何のために生まれてきたのやら。




by Kinotomii | 2017-07-18 23:24 | 宗教 | Trackback | Comments(0)

再アップ「余計なことをしなきゃ、食べなくなって静かに逝ける」

BSフジ 夜8時、プライムニュース。
司会:反町理、秋元優里
7月26日(火)
「人間らしく生き、人間らしく死ぬ」

樋野興夫: 病理学者。「がん哲学外来
 「メディカルカフェ
 ・「病気であっても病人ではない」
 ・「明日この世を去るにしても、今日の花に水をやりなさい」
 ・医師の仕事には二つある。
  一つは、もちろん専門的に優れ、病気そのものを直すこと。
  もう一つは、治らない人々をケアして
  自分らしく生きることを認めてともに存在していくこと。
 ・病気になった人は病気もつらいが、これにまつわる人間関係や、
  納得しがたいいろいろのことをもって行き場がないことがつらい
医師はこれに対して何ができるのか。
 ・責任をもって、人間的な手をもって差し伸べる。
 ・教育は、すべてのものを忘れたあとに残るものだから。
 (含蓄のある言葉ですね。書き手の心内語)
 ・最後の5年間が大事。最後の5年間は周囲の者へのプレゼント。
  人間として誠実に生きる。


石飛幸三 外科医 特養の医師
 ・がんは切って直す、から「単なる部品交換屋」じゃいけないと気付いた。
 ・寿命が来ている人は、余計なことをしなきゃ、
  食べなくなって静かに逝けるものを、点滴漬けにして
  無理に命を永らえることが……。
 (不幸の始まり 書き手の心内語)
 ・日本には昔から、自立した死への考え方があった。戦後、
  「命」の考え方が変わったのに付随してや医療の在り方が変わった。
 ・「平穏死」の提唱。

 時々この番組を見る。毎回ゲストが出て、それらしい態度で、それらしい意見を述べられる。このような意見を述べるのに慣れた人々ばかりだ。
しかし、今回のこのお二方は、番組が始まると同時に、失礼ながら、どこかのおじさんを二人連れてきました、という雰囲気だった。

ところが、こんな人たちのことを「本物」と言うのでしょう。
自然と鼻の奥からツーンと熱いものが下りて来るくらい胸が熱くなった。

ホンモノは、外見はいかにもそれらしくしていない。
ポツポツと真の言葉だけを発される。
「こういえばテレビは喜ぶでしょう」というところが全然ない。

ニセモノの場合は、ペラペラしゃべり、それらしいことを隙なくしゃべられる。
政治家をはじめとして、いかにも賢い印象の方々。
ところが、今回ばかりは、司会の反町氏も小学生のように、司会者という立場を忘れたかのように、オタオタと自分を丸出し。
(自然体には自然体でしか太刀打ちできない)

 全国の病院でこのお二方のような考え方が浸透すればよいのに、と願う。
余計な点滴などせず、家族が近くで見守るから自然に逝かせて、と望むのに対して、素人では無理ですよ、と言わないでほしい。
食欲がなく「食べない」意思を表している患者に対して、無理やり口を開けさせないでほしい。
食べなくなったら、「もう生きない」という意思表示だと思うから。
硬くなった血管に、苦労して点滴の針を刺さないでほしい。
口の動きをよくするため、と称して、氷で口の周りをマッサージすることまで、努力しないでほしい。
静かに平穏死を受け入れる病院や家族が多くなってくれることを望むのは、変なことだろうか。
実際の現場を外から見てきた者の、批判ではなく、願い、祈りです。








 


by Kinotomii | 2017-07-18 23:16 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

水田の青鷺哲学する風情 sousekisan

俳句をやり始めて3か月くらいの頃の作。
俳句についての知識がないので、何にもとらわれず、思ったままを作ったもの。
破調も良いところだが、この句は、破調だからこそ良いところがある。
青鷺が哲学するのだから、どこか滑稽であり、間が抜けている。その内容に呼応するように、言葉も整然としていてはおもしろくない。

近くに水田があり、住宅が押し寄せてはいるが、まだ広々と広がっている田んぼの畦を、犬がいるころはほぼ毎日散歩していた。
最初の犬と2匹目の犬、合計20年くらい。
最近は、田んぼウオークと称して、時々歩く。20年前と変わらぬ鳥たちの世界がそこにあって、青鷺は相変わらずゆっくりと遠くの方からこちらを凝視している。
ほとんど動かないその姿が、哲学者のようだ。同じころ作った句。

梅雨空や白装ひて自我とほす  sousekisan

梅雨時は、じめじめしてうっとおしい。梅雨時と同じようなうっとおしい人間関係にじめじめと苛まれる時、真っ白を着て、言葉なき言葉でわが身を護るのも一つの手である。
もっとも、これはよく女性政治家が用いる自己弁護の手でもあるので、下品にならないように、よっぽど気をつけないといけない。
かの、前防衛大臣も、東京都都議選の問題応援演説の翌日、白のリボン付きのような(リボンだったかフリルだったか、長い付けまつ毛とダテ?眼鏡で武装して)白のスーツかワンピースを召されていた。20代の娘さん達が着る衣服のような。精神年齢が知れる。 外見だけを固めるという意味では、ブランド品で外見武装していたスタップ細胞の女性とも通じる。
⇒⇒⇒
「前防衛大臣」と書いたが、まだ交代していなかったらしい。次の8月に交代させるとか?? な~んだ・・・。思うのだけど、付けまつげを付けるのにはどれくらいの時間がかかるものだろうか。人工のまつげの裏側に、恐らく糊か接着剤をつけて、注意深くまぶたにくっつけるのだろうか。しばらく動かさないようにしないと、ずれたりする可能性があるのだろうか。接着剤が乾くまで、3分くらいはかかるのではないかしら? その3分! 国民のものですよ! 
防衛大臣交代予定の大臣は、政治家の通念通り、白いドレスで、
私には責任はありませんよ、とでも言いたかったのであろう。

鳧(けり)鳴きて田水に夏の始まりぬ  sousekisan




by Kinotomii | 2017-07-18 22:59 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

いきものたちのうた

子供の頃、山奥にしかいないと思っていた玉虫が、住宅街の我が家の庭に。
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本物の玉虫を見たことのある子供はすくないのではないか。
法隆寺の国宝館に入った時に、玉虫の翅を展示してあって、近くの男の子に「知ってる?」と尋ねたら、気持ち悪そうに後ずさった。

石の上で日向ぼっこのトカゲの子が。
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眼合ひフリーズするやトカゲの子 sousekisan


これは、近所の友人から頂いた貴重な鈴虫です。お家で孵化させたもの。
何と素晴らしい!
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まだ幼いので小さいけど、昨日今日で、2~3匹が夕方から朝まで鳴いています。時々甲高く涼し気な大人の鳴き声も聞こえてくる。

むくげも涼し気に。
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by Kinotomii | 2017-07-16 13:15 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

ラスト ドライブ

7月9日(日)BS1スペシャル。「ラスト ドライブ」
「ラスト ドライブ」とは、ホスピス住まいの、死を数日から数週間後に控えた人々に、最後に行ってみたいところの希望をかなえるドライブ、という意味である。
主催するのは、ドイツのエッセンで2014年に始まったNPO法人、ASB。現在では、ドイツ、オランダなどに、10か所の拠点を持つそうだ。
番組では、エッセンとミュンヘンを取り上げた。

3人のスタッフ以外は、すべてボランティア。80人くらい。
何らかの資格(看護師、ソーシャルワーカー、消防士、医師 等々)を持っているボランティアの人々が、救急車を改造した「願いの車」に希望者を乗せ、同乗して、最後の希望を叶える。
希望者は、どんなわがままを言っても良い。

ドキュメンタリーだから当然なのだろうが、登場人物はすべて自然体である。これを淡々と描いている。
乗客の人生は当然描かれるが、付き添うボランティアの人々の人生もそれにつれ、あぶりだされてくる。
死にゆく人々に付き添うことで、自分もまた癒されていく。
自然に畢ることを選んだ人々の最後の、人生に噓をつかない只管打坐がそこにあった。
とても胸を打たれた。

製作者を見ると、NHKBSドキュメンタリー部門。
驚いた! イギリスBBCあたりかと思った。こんな良い番組は、イギリスのおはこだから。でも、
NHKもこんな良い番組を作れるのね。嬉しいことこの上なし。
さすが、NHK! と言いたかった。

最近のNHKには、特に若い女性アナウンサーの自己顕示欲のあからさまと声の悪さ、肌の露出度の大きさには、落胆を通り越して怒りまで湧いてきていた。
だから、BSか録画した共感できるものしか見なくなっていた。良い番組を見たければBSに入って下さいよ、というわけだろうか。
でも、日々良い番組作りに励んでいらっしゃる社員はまだいらっしゃるのだと安心した。



by Kinotomii | 2017-07-12 23:42 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

ハンブルク交響楽団 7月3日夜7時

待ちに待ったハンブルク交響楽団のコンサート。
クラシックはしばらくぶりだったし、良い席も取れていたので、大変楽しみにしていた。

いつもの通り、吉村で蕎麦を食し、その後ゆっくりと京都コンサートホールに入る。
ちなみに、コンサートホールの近くにある蕎麦の吉村は、そこそこの値段で蕎麦はおいしいし、接客態度も訓練されておりとても良い。今宵は、夫婦共にざる蕎麦大盛り。

指揮者はシュテファン・ザンデルリンクという方。写真では40歳代に見えたが、登場された姿は???の感じ。前半は日本人へのサービスのつもりなのか、ベートーベンの「エグモント」と第5番「運命」。音を聴いて、え? と耳を疑う。
ぎこちない。団員は真剣に楽譜を目で追い、楽譜通りに弾いています、といった感じ。疲れも見える。

このコンサートは、BIG3 と銘打った三大交響楽団(ロイヤル・コンセルトヘボウ、ニューヨーク・フィルハーモニック)をまとめて販売するシリーズものの贅沢なもの。S席を3回まとめて51000円。わが家には大変贅沢だけど、旅行に行ったつもりで楽しみを買いました。ハンブルク交響楽団はこれの1回目だった。だから、特別な期待があった。だからこそ、前半の音には、疑問符。
 こんなところに来る人々の多くは、「運命」は色々な指揮者で何回も聞いている人が多いのに違いない。コンサートの予定を見てみると、6月末に来日して以来、ほぼ毎日日本のどこかで演奏していた。
岩手から始まり、青森、山口、京都、そしてさらに関東へ移動し、再び福岡、鹿児島と、毎日入っており休む暇もない。移動日、というのもない感じ。

でも、後半はブラームスとなり、これは慣れた調子で楽団員もノリノリで美しいハーモニーを聴かせて下さった。そして、鳴りやまぬアンコ―ル拍手に応えて、用意していたらしい軽妙な曲を楽し気に演奏された。

最も嬉しかったのは、この夜、よく眠れ体のコリまで取れたことだ。
どこかで読んだ記憶があるのだが、音楽は言葉とは異なる脳を使うので、
思考を停止するとか。だから、独裁者などが大衆を思い通りに操るには、音楽を使うのが良いそうだ。
私の場合、普段言葉の部分ばかり使っているので、コンサートが良い脳の休息になったのだと思われる。

海外のシンフォニーと日本の違いは、金管楽器にあるように思う。ホルンとか、トランペットとかトロンボーンとかバスーンとかの音が、素人の耳にも海外のものは澄み切っており安心して聴ける。こんな音だったのか、と思うことも多い。




by Kinotomii | 2017-07-11 21:49 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

ごはんがおいしい The Gohan

昨年電気炊飯器を買って以来ごはんには不満はなかったのだが、このたび、また新しい炊飯器が出た。テレビニュースで取り上げていたし、量販店では、注文を取っていた。その名も The Gohan。

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これまでの直火で炊くタイプと違って、熱湯で炊くらしい。結果から言えば、本当においしい。コメの一粒一粒が独立していて、それでいて固くなく、甘い。子供時代に食べていたごはんと同じくらいおいしい。
冷めてもおいしい。
ご飯を食べたいために、おかずの算段をする。
きゅうりとナスのぬか漬け、ウルメの丸干し、ジャガイモと破竹の味噌汁、焼きのりと梅干し、牛肉とジャガイモのカレー炒め、焼き塩サバ、ナスの豚みそ炒め、ちりめんじゃことピーマンの佃煮風…等々。
つい、食べすぎる。
3合炊きなので、とても小さい。
普通の米でも、そん色なくおいしい。
難点なのは、表面のコースを示す文字が小さいこと。眼鏡をかけなくても見えるように、マジックペンで大きく書き直した。
こんなごはんを毎日食べられたら、日本の米の消費量は、知らず知らず増えるに違いない。
価格は、現金正価で41500円。これが炊き上がり。
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固そうに見えるかもしれませんが、ほっこりして固くないんです。口に入れると、握り寿司のあのフワっと感。
こんなご飯を食べなれていたら、コメの消費量が増えるのは必定。



by Kinotomii | 2017-07-06 11:23 | 雑記 | Trackback | Comments(0)