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澤木興道 水野弘元 須田雲外

故須田雲外師は、若いころ、生きることの意味に悩み、人生の目的に苦悩し、発心を起こされた方である。
大学時代は勤労学生として、授業料、生活費をみずから贖い、人間を鍛える道を歩まれている。

当時は京都にあった安泰寺で修業し、授業師の澤木興道師から安名「道輝」を受けられている。
正師は、元駒澤大学総長、仏教学者の水野弘元師。本師からは道号「雲外」を受けられている。

 すでに遷化されているお坊様であるが、これほど真剣に熱心に佛教の勉強をされ、曹洞宗にとどまらず、宗派主義を排し、真の仏道者たらんと努められたお坊様は私たちの周囲に少ないのではなかろうか。
 異なる宗派は言うに及ばず、佛教以外の宗教も勉強され、時には還俗への誘惑に迷い、まさに私たちが求める真の求道者でいらっしゃったのではなかろうか。

 雲外師の仏道への発心は、
「自分が救われた佛教、こんな高遠な佛教を、今のままの陳腐な佛教のままにしておいてはならない。自分が佛教で心の支えを得たのだから、この佛教を人にすすめたい」
というところにあった。といっても、僧になって寺院に入ろう、地位を得たいという気持ちはほとんどなかった。しかし、正師である水野弘元師が学者として忙しくなり自分のお寺を継げないことになった。そこで、須田道輝(雲外)師に任が回ってきたのである。道輝師は、東京から長崎県諫早市の水野師のお寺に入った。

 雲外師の僧侶としての念願は、「現代の佛教を新しい革袋にかえること」「佛教のすそ野を広くすること」。出家の機縁は、求道心というよりは、菩提心だった。
そのための活動は、時には、澤木興道師のように、異端児、変り者とも言われたようだ。何度か在家に戻ろうと思ったが、仏法を現代に蘇らせるという大願行があったために、佛教を学び、禅を修することを続けてこられた。
つまり、教化心に支えられた。

雲外師の著作は8冊くらいある。この『禅の眼目』平成7年刊は、坐禅を始めた人にもはまっている人にも、頭を明瞭にしてくれる直截で簡潔な説明がある。これは、雲外師が、若いころから人生に苦悩した経験と無縁ではない。

現代の若者にも、苦労は自ら背負っていこうと言いたい。頑張りすぎて苦労がはみ出すほどになったら、その苦労は、「天に貯金」しておこう。いつの日か、その苦労に利息が付いて天から大きな福となって降りてくるに違いない。この貯金は、自分を大きくしてくれることはあっても、決してなくなることはない。
これは、村上和雄先生もおっしゃっている。



by Kinotomii | 2017-10-13 22:00 | 宗教 | Trackback | Comments(0)

『禅の眼目』 須田雲外 作務の力 その2

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P82

<百丈惟政が、ある日大衆を集めて、
「汝らわしと一緒に田を開き終わったなら、汝らのために禅の心髄を語って聞かせよう」
大衆は夢中になって汗を流して開田した。
「田を耕作し終わりました。さあ和尚、禅の心髄をお説き下さい。
すると和尚は、「さあ説いたぞ」と言わんばかりに両手を大きく展げた。開田作務がそのまま仏法の真髄の大説法であることを示したものである。大きく手を展げ、宇宙いっぱいの仏法を開田作務の中に見得したのである。

 禅にとって作務は、人間教育の最も重要な教程であるから、手を動かし身体を張って、大地に根を張るような修行でなければならない。戒律を守るのも仏法であり、坐禅瞑想を行ずるのも仏法であろう。また教理あるいは公案を思惟するのも、また礼拝信仰するのも仏法でないものはない。しかし、ただそれだけであるならば、仏法は固定化し、生活とは別の特定の世界のものとなり、自由の分を喪失してしまう。つまり活きいきした宗教生命の躍動がないものとなり、しだいに形骸化してしまうだろう。
 禅はこの形骸化を打破し、つねに活きいきした生命を保つために、作務という大地的な教育法を取り入れることによって、仏法生活を作り上げてきたといっても過言ではない>


何と、禅堂で坐ることだけが禅ではなく、むしろ作務にこそ禅の真髄がある、と説かれている。この場合の作務とは、懸命に、集中して行わなければいけないもので、ただ形だけいやいや行うものではない。
若いころ坐禅していた三松寺で、作務になると東司(とうす:トイレのこと)の作務は取り合いのように人が集まった。自分こそが東司の作務を行う資格がある、とばかりに。それというのも、作務の重要性を参禅者は知っていたからだ。



by Kinotomii | 2017-10-13 21:45 | 宗教 | Trackback | Comments(0)

禅の眼目 須田雲外   「作務の力」


禅門では「作務」(さむ:掃除や庭仕事、畑仕事などの体を動かす仕事)を重要視する。坐禅の後には必ず作務が入るし、たいていの道場では一日の修行に必ず作務を入れているようだ。草抜きだったり、拭き掃除だったり、色々である。この作務の意味をこれまで誰にも教えてもらったことがなかったし、単に周辺を整理整頓、清潔にするのが禅門のしきたり、と理解していた。しかし、『禅の眼目』の述べるところは衝撃だった。
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P81「作務の力」
生活全体が仏法の大道場であり、生活の様々な問題が、そのまま仏の仏法であり、その問題に取り組んでいく姿こそ、まさに禅の精神である生活の道場を離れて仏法はないので、それがどんな哲学的な理論の深さを持つ教義であっても、もしその教義が生活人生にかかわりのない教理であるとすれば、一切は無意味な仏法遊びにすぎない。またどんなに火のような情熱をもって信仰したとしても、人生の道場を遊離した道場であるならば、それは一切妄想信仰に過ぎない。ただ仏法という夢を見ているに他ならないのである>

P82
<百丈禅師の言葉に、「一日なさざれば、一日食わず」という有名な生活訓がある。百丈は禅林の規範を定め、修行のありかたを指導した点で、禅林の開創者ともいうべき方である。とくに修業の中に作務を取り入れ、重要な修業眼目となしたことは、従来の観念的佛教と大きく一線を画したということができよう。
 それは平常底に、労務作業の中に、仏道の真実の姿を見出したという点である。
作務は、単に食わんがためのものではなく、人生を作務体験を通してそこに見ることである。つまり自己を練り上げ、その体験を通して真実の智慧、見解を身に着けるという教育的な作務に他ならない。>

『禅の種まき アメリカ人禅僧の禅的生活in Iowa』P49 「僧と農夫」より。
<真の坐禅とは、自分の目の前にあることに無心に取り組むことなのです。畝を耕し、雑草を引くことなのです。もし物事があなたの思い通りにいかなくても、普段通り畝を耕し雑草にかまけていられるでしょうか。真の坐禅とはこのことなのです。目の前にある当たり前の生活に一生懸命取り組むということなのです。これが、あるがままの人生(life as it is)を当たり前に行うということなのです。
『禅の種まき アメリカ人禅僧の禅的生活in Iowa』は、次の出版社で買うことができます。  
京阪奈情報教育出版(奈良市) http://www.narahon.com/









by Kinotomii | 2017-10-12 16:50 | 宗教 | Trackback | Comments(0)

『禅の眼目』 須田雲外 著

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『禅の眼目』P5
 <まず禅は本分上の自己をつかむことに、全身全霊ををあげて精進修業する。「自己を把む」ということは自己を自ら知ることであり、自ら知るということは、作為的に知るのではなくて、自然に知ることである。自然法爾にして自己を把むことである。>


『禅の眼目』P5~P6
<禅の眼目を要約すれば、まず何ものにも先んじて、自己本分の主人公をとらえんとするに他ならない。他の佛教宗派が仏を支えとして生きるのに対して、禅門では仏という概念さえも打破して、そこから真実自己の純粋な生き方をすすめようとするもので、宗教としては、特殊な法門であるといわざるを得ない。>

須田雲外(道輝)師は、諫早市の天祐寺前御住職。すでに遷化。
澤木興道老師のお弟子さんでもある。この本は、「なぜ坐禅をするのか」の答えが、納得できるように書かれており、胸がすーっと調のう。なるほど、そうだったのか、確かにそうだの連続である。平成7年 天祐寺発行




by Kinotomii | 2017-10-12 16:41 | 宗教 | Trackback | Comments(0)

あの月のとなりの星にくらしをり     澄子


曼殊沙華茎まっすぐに草の色    澄子
秋暑し殺虫剤の売り出し中     澄子

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片翅の虫にささやく生きろよと        澄子
あの月のとなりの星にくらしをり       澄子
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澄子さんは、現在再び抗がん治療のため病院に暮らしている。




by Kinotomii | 2017-10-12 16:40 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

マラッカ観光


マラッカは、KLよりかなり南にあり、海が近いこともあるのか、日本の夏みたいに暑いところだ。
町全体が世界遺産に認定されているとかで、日本にも、どこにもありそうな観光地然としたところ。

ここで印象的だったのは、やはりフランシスコ・ザビエルとヤジローにつながる、ザビエル教会だ。
これが、ザビエルとヤジローの銅像。
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右がザビエルで、左が鹿児島県出身のヤジローの銅像。

建物の入り口。

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礼拝堂内部。
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ザビエルは、1545年にマラッカに赴き、そこに逃亡してきていたヤジローと出会う。彼はヤジローの手ほどきで、1549年鹿児島南端の坊津に上陸。そこから、長崎県、山口県、さらに関東へと布教に赴く。このころ、日本は戦国の世が始まろうとする時代。
布教がうまくいったとも思われず、ザビエルはのちに中国にわたり、さらにアジアに帰っていく。

 ここは、名前は忘れたが独特の中華料理で有名だとかで、日本の豆腐とよく似た豆腐が出てきたり、モヤシ炒め、中華風おかゆ、豚肉の煮込みなどがあった。
でもどうしても長粒米には馴染めない。どこに行ってもこれなんだもの。
日本の米は高価だそうだ。

マラッカは…、日本の歴史的遺産の街巡りをするほうがずっと良いと思われた。




by Kinotomii | 2017-10-12 15:50 | 旅日記 | Trackback | Comments(0)

KLの中心 KL.CC とヒジャブ女性

KLの中心地は、KL.CCという巨大な人工の一帯。真ん中に巨大な公園を置き、周囲にトレードセンターや高級ホテル、ショッピングモールが軒を並べる。
有名なツインタワーもここにある。
ホテルの窓から撮った夜のツインタワー。
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一大観光地です。
ここまでは二人でバスと電車を乗り継ぎ、早めにホテルに入った。
彼女が会員なので、会員専用のルームで、軽食やドリンクを食べ放題。
これだと夕食の予約をしていなくても何の不自由もない。

チェックインの時、ふと視線を感じて目を向けると、真っ黒のニカーブというのをかぶって眼だけを出した女性の視線とぶつかった。こちらと眼が合うと、眼だけが動いてさっとよそを向かれたが、その鋭さといい、やはり不気味だった。
マレーの人々は、髪だけ隠して顔は出している女性が多く、これはヒジャブと云っていた。彼女たちは明るく全然くったくがない。
このように黒づくめの人々は、ネットの情報によると、イエメンとかの国の女性だそうだ。このように、ヒジャブとか、ニカーブとかの装いをしていることを、ブルカ(間違っているかもしれない)というのだとか。

ヒジャブ女性に逆恨みしたくなる事件が起きたのは、帰りの飛行機に乗ろうとする直前。ゲートを入ろうとするところにも、ここKL空港では透視カメラが設けてあった。出国検査なのに、透視カメラだけで2回、税関の顔認証も入れると、都合4回も検査があった。
もう後は飛行機に乗るだけ、と思っていたら、普通チケットを見せるだけで済むゲート入り口で、透視カメラが入った。係員は、ヒジャブを被った美人係員だった。
私の手提げバッグがまさにトンネルの中に入ったとき、彼女に電話が入った。しばらく電話で話をしていたが、あろうことか、私のバッグを指さして
「シザーズ、シザーズ」
と言う。シザーズくらいはわかります。ほかの女性係員が駆け付け、チャックを開けた。
もしかすると化粧ポーチにでも入っていたかしら、と開けてみたが入っていない。底をかき混ぜるとパッチン式の小さな裁縫道具入れが出てきた。開けると、果たして、小さな糸切りはさみが!
ヒジャブ美人は糸切りハサミを親指と人差し指でつまみ上げると、あっという間もなく、透き通ったくじ引きの箱様の中にポトンと落とした。
「あっ」「こんな小さなもので何ができるというのかね! 裁縫道具だよ。見ればわかりそうなもんだ!こんな常識も通じないのかね」
明らかに逆恨みなんだけど。
もしこれが、ニカーブをかぶった人だったらどうだったろう。それにしても、入国は比較的簡単にいったのに、出国がこうだとは。
9月30日からイスラム教シーア派の記念行事があるとは、旅デジで配信していたが。















by Kinotomii | 2017-10-12 15:43 | 旅日記 | Trackback | Comments(0)

蛍狩り


マレーには、蛍の見られるところがある、と彼女に聞いた時には、ぜひ見たいと希望した。
日本で蛍が見られるのは、6月ころだが、ここでは気候が年中同じなので、年中蛍が見られるそうだ。

連れて行ってくれるのは、日本人に人気のインド系マレー人二世のガイド、スグさん。

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スグさんは、日本語ペラペラ。車はトヨタ車。小さい観光代理店をやっていて、マレー人を日本へもつれていく。これまでに32回日本へ行った、と自慢していた。仕事を始めて26年目だとか。マレーで日本語教育を受けたけど、読み書きは忘れたという。頭が良くて、客の前で出しゃばらない。
日本が好き。日本は美しい。日本は安全。日本人はマナーが良い。日本は科学技術が発達している。
マレー人は新幹線に乗りたい。だから、22年間首相を務めたマハティール前首相に代わって、今の首相の中国寄りの政策には批判的だ。

第4代首相のマハティール・モハマドは、ルック・イースト政策によって日本を見習う政策を行ってきた。マハティールは、「立ち上がれ日本人」という日本へのエール(だと思う。読んでいない)を送る本を出版している。新潮社刊。
ガイドのスグさんによると、マレーの首相というのは、大蔵大臣との兼務だそうで、大きな権力を握っているそうだ。

マレーシアは車社会だ。割と新しい大きな車が走っている。経済が良いのかな、という印象。
日本の交通のことも、ものすごく詳しい。ほとんどの県に行ったことがあるというんだから、日本の鉄道や道路のことなどもすらすらと口から出た。

蛍を見に行く途中、モスクの内部見学を入れてくれた。このピンクモスクと言われる美しいモスクは、役所が集まっているKLの郊外に位置している。
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モスクの内部。
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ここに入るためには、女性は入り口で貸してくれる真っ黒のブルカを着なければならない。頭から足の先まで包まれる。蒸し暑いうえにも暑くなる。コートみたいに前を開けていたら、監視員のおじさんが飛んできて、「とじる。かける」とあやふやな日本語らしき音声を出した。日本人とわかったんやねぇ。
大型バスで乗り付けているのは、ほとんどが、中国人ツアーと韓国人ツアーだったのに。

なかなか蛍に行きつけない。
モスクを出て、かなり走って、夕方、川のほとりの田舎の大きな食堂で、夕日を見ながら食事。向こう側の川岸はマングローブの林。
そのマングローブの中に美しい夕陽が沈んで行く。

ここは日本人ツアーが多かった。みんな蛍目当て。中華料理です。日本のとあまり違いがわからない。でもこんなトタン屋根のような、だだっ広い海辺の氷屋さんみたいなところで食べるのも一興。周りはすべて日本人だろうと思われた。
中の一人の婦人が、
「それヤシの実ジュースですか? おいしいですか?」
と話しかけてこられた。
「飲んでみますか」とストローを渡すと、満足された。ヤシの実はあっさりとした甘さで、後口が大変良い。

暗くなってから着いた蛍の生息地は、人もまばら。小舟をおじさんが一人で運転する。漕いでいたのか、音のしないモーターがついていたのかはっきりしないが、良い雰囲気だった。我々の前に感じの良いカップルが座ったが、恋人とくるのが一番良いだろう。

真っ暗な川岸に、クリスマスツリーのように、多数の蛍が点滅していた。中には樹木の上のほうにまでくっついて、高いところで貴重な光を見せた。美しい。
おじさんが、舟を岸に寄せて蛍を一匹取って手のひらに載せて下さった。
ここはほとんどが日本人観光客だとか。
マレー人もあまり興味はないそうだ。でも、蛍狩りが始まってからここが観光地となって生き返っているのは良いことだ。

KLの友人宅まで帰る途中、スグさんが、
「ヒンズー教の寺院を見たいですか」と聞いた。スグさんはインド系らしくヒンズー教徒だそうだ。決して押し付けないところがこの人の頭の良いところ。
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夜というのに、信者の方々が次々に到着しては中に入ってお祈りに参加していく。集団での大きな祈りの合唱が外まで聞こえてきた。



by Kinotomii | 2017-10-12 15:38 | 旅日記 | Trackback | Comments(0)

KLのショッピングモール

2日目はゆっくり起きて、果物中心の朝食を頂く。
ツアーと違い何の制限もないため自由でゆっくり。友人はベッドルームとシャワールームを一つ貸してくれ、気兼ねなく過ごせるように計らって下さった。コンド暮らしの雰囲気も味わえて、有難かった。

果物は豊富で安い。
ショッピングはコンドの下を走っている無料のシャトルバスを使い、ビレッジグロッサというショッピングセンターで。
銀行、郵便局、美容院、買い物もここでするとか。物価は、電気、ガス、ガソリンは、日本のほぼ半額らしいが、生鮮品も約半額くらいに見えた。
この国は石油生産国なのだそうだ。
魚屋さんも入っている。
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日本と違う魚が多く、値段も高い。でも雰囲気は日本のスーパーの魚屋さんそっくり。
このモールの作りは、恐らく世界共通なのだろう。
スーパーがあり、専門店があり、食べ物屋さんがあり、クリーニング屋さんもスターバックスももちろん。
この日のランチは、日本のうどん屋さんで「讃岐うどん」。

マレー最後の日、このスーパーで買い物中、友人はスーパーの中、私は健康食品の専門店でヒヤカシをやっていたら、突然パトカーのようなウ~~~という大音響と共にあちこちのシャッターが下り始めた。もう少しで駐車場の方に閉じ込められるところだった!
ガードマンが笛を吹きながら走ってきて、客の誘導を始めた。
スーパーの店員も客も何事かわからず、青ざめた顔で集まってガードマンの動きを見守った。
「何事が起きたの?」と尋ねても、誰も首を振って理由がわからない。
まさかISか何かの爆発騒ぎではあるまいね…、と異国で死ぬ運命の自分を思った。
まもなく、英語のわからないガードマンが、あの人に聞け、というように指示した中年の女性に聞くと、
「心配ない。火災の予行練習」と言う。従業員にも知らせず、突然演習を行うのだそうだ。
それにしても私たちはスーパーの中に閉じ込められた。今日はもう帰りの飛行機に乗れないかもしれない、とちょっと思った。

ガードマンと目つきの悪いスーツ姿の人が非常口を開け、こちらへと寡黙に誘導したので、客の人々はそれに従って黙々と階段を下った。
外に出ると、マレー人も顔を紅潮させて「あーーー、びっくりした」
みたいなことを言っている。

こんなハプニングも、過ぎてみれば異国暮らしのスパイスなのかもしれない。



by Kinotomii | 2017-10-12 13:36 | 旅日記 | Trackback | Comments(0)

クアラルンプールのコンドミニアム

マレーシアの首都クアラルンプールは大都会です。
まあ、車の多いこと人の多いこと、道路の多いこと。
トヨタの多いこと、ホンダの多いこと、日産の多いこと。ヒュンダイも走ってましたけどね。

夏に頑張った休息に、友人の住むクアラルンプールへと思いついたのは4月のころだったか。
休息と思っていたが、67歳の老女一人でのイスラム教の国への海外旅行は、大冒険。プラス体力と記憶力、判断力の低下が加わって、渡航前から神経をすり減らす。
関空には慣れていると思いつつ、何よりの不安は、国際空港での入出国検査のこと。
KL国際空港は関空より大きいと聞いて、これの心配だけでエネルギーの半分を使う。
加えて、外務省の「たびレジ」は、しょっちゅう注意喚起事項を送ってくる。
イスラム教関係の宗教イベントに先立ち、テロを企てていた3人組が捕まったとか…。

しかし、クアラルンプール空港までは友人が出迎えてくれて、そこから先は何の心配もない。すべて彼女にお任せの旅。
これが、彼女の住むコンドミニアム36階からの眺め。
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下に見えるプールは、他のコンドが所有しているプールで、
彼女のコンドのプールはここには見えないが、各コンドに所属するプールとテニスコートとジムがあるとか。すべて無料。いつ使用しても自由。朝でも夜でも。月々の賃料(レンタルだった)が気になるが、10万円以下だった。

熱帯だからとても暑くて外へは出られないほどじゃないかと思ったけど、朝夕はむしろ涼しくて、風がヒューヒュー吹くから玄関の扉を開けておくと、クーラーの出る幕はない。
玄関は金属の門扉と重いドアとの二重になっており、建物に入るときにセキュリティカードがあってそれなしには入れないようになっているから、外部からの侵入はできない模様。
KLのこの地域は要するに高級住宅地ですね。モントキアラという地域で、写真のような高層建築がにょきにょきと建っている。日本でいえば…、とても新宿の比ではないくらいの建物の数に見えた。この地域一帯がこのボリュームで広がっている。
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ここは台風も地震もないから、この高層建築で良いとか。しかし、今の首相になってから経済などが中国寄りになっているから、建築なども中国の建て方。大丈夫かしらん? 軽い地震でも来たら、ポテンといきそうに見えたけど。
中もちょっと中国式。バストイレが馴染めない。
彼女は日本の洗浄式トイレを入れていたけど、何しろ、この国もトイレはビデ方式で、外へ行けばすべて水道の金属ホースのようなものが付属している。ようこんなんでこの国の人々は我慢してるな、という感じ。
何より南国を意識したのは、町のあちこちに花々が咲いていること。これはマレーの桜という異名があるらしい「Tacoma」という花。
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桜のような大木が並木になっており、ちょうど花開く時期に当たっており、帰国するころには、コンドの前の道路に朝顔みたいなピンクの繊細な花びらを持つ「Tacoma」が、散り敷いていた。



by Kinotomii | 2017-10-09 17:11 | 旅日記 | Trackback | Comments(0)