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御袈裟(絡子:らくす)を縫う

「絡子」とは、五条衣のお袈裟を縮小して、「竿」をつけて肩からかけられるようにしたものです。
左右に2本ずつあるのが、「竿」です。
大切なのは、四角いマットの部分です。これは田んぼを表し、「田相」と言います。
5列の田んぼが一枚の袈裟の中にあるから五条衣です。

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これは、在家のお二人の先生方に助けていただいて(助針という)初めて縫った「絡子」です。
4人の手が入っていて縫い目がおぼつかないが、優しい先生は、
「きれいに縫うことより、正確に縫うことが大切です」
とおっしゃった。
長崎県の諫早市にあるお寺さんまで行って、ほぼ2日で完成させたものです。難しいところは、先生方が手伝って下さり……。合掌

ここのお寺には、「絡子を縫う会」があります。
月2回、第二、四金曜日に、皆さんが三々五々に集まって、自主的に自分の仕事をされる。
目指す部分が終わると、三々五々帰って行かれる。
大変自主的な集まり。この間にお茶の時間があり、この時だけ和やかです。

これだけでなく、毎朝坐禅会があります!
18年続いているそうです。5時15分から毎朝欠かさずです!
くったくない和尚さんだから、坐禅会も和気あいあいなのかなと想像していたけど、60代、70代の方々中心の坐禅は、意外にも、きりっと緊張している雰囲気です。
和尚さんは厳しいそうです。
それでも、皆さん、能動的に、積極的に、毎朝10名くらいは参禅に来られる。
僧堂を別にすれば、日本国中でこんなお寺は珍しいと思います。
素晴らしい! と言ったら、「当たり前のことなんです」と、同年代くらいの女性が仰った!  淡々と自然体で坐禅するということ。
能動的に自主的に、仏法を行持ていらっしゃる空気を、諫早まで行って味わえて良かった。

ところで、絡子は、しかるべき師の方に授衣作法をしてもらうまで、仏弟子のしるしとして用いることはできません。(点浄:てんじょうと言う)
この裏に、持ち主にふさわしい言葉を書いていただきます。
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次は型紙を作るところから、一人で縫わねばなりません。








by Kinotomii | 2018-05-31 21:15 | 宗教 | Trackback | Comments(0)

花が咲いている 精一杯咲いている

花が咲いている。
精一杯咲いている。
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私たちも 精一杯生きよう。

by Kinotomii | 2018-05-24 13:21 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

「西郷どん」と「菊池源吾」

これは、熊本県菊池市七城町砂田字宮ノ前西郷の地に立っている
「西郷南洲先生祖先発祥の地」の看板です。
聖護寺護持会の会長さんにご案内いただき、5月20日、聖護寺春の法要の後、しっかりとこの前に立ってきました。
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文字が小さいので、大切なところだけ内容を書き写しますと、


「ここの集落は西郷といい、西郷隆盛(1827~1877)の祖先発祥の地です。この一帯は、菊池十八外城の一つ、増永城址で、初代の城主、西郷太郎政隆は、菊池氏初代則隆の子で、菊池一族でした。その後裔26代西郷久兵衛昌隆の時、薩摩に移り住んだという記録があり……」

…と、まだまだ続くのですが、要するに、西郷隆盛が流人の時に菊池源吾と改名するのは、ここからきています。この意味は、「吾の源は菊池なり」で、西郷は、幼いころから「西郷家は、後醍醐天皇の忠臣、菊池氏の子孫である」とのプライドを持って生きてきたのでしょう。
NHKの大河ドラマ「西郷どん」は、現在、奄美大島に流されて愛かなと結婚するところまで行っている。この後、二人の子にも、菊次郎、菊子と菊の字を入れた名をつける。


では、菊池氏とは、どのような氏族かというと、元藤原氏であり、建武中興時代には南朝方であり、終始朝廷側に立ち、たとえ不利な戦いであっても凛として節を曲げず貫き通した他に例を見ない特異な精神を持った人々であった、ということです(護持会の会長さんの挨拶原稿から)。西郷が尊王派であったこともここから来ているとみなければなりません。

歴代の頭首は大変優秀で勇猛で、後に「菊池家訓」と呼ばれた寄り合い衆内談が決められますが、その内容は、
<戦乱の世での一族の未来永劫の団結、仏祖の正法を護持し、朝廷に忠義を立て、領民に思いを馳せ、利に走らず、勲功を誇らないことを求めた内容>
となっている。
又、この時代に、一族での決め事は合議制を取っており、頭首の意見が下に容れられなければ、頭首の方が折れねばならなかったという。このあり方は、明治維新の五箇条の御誓文の基となっているそうです(聖護寺春の法要の原稿から)。

家訓の中に、仏祖の正法を護持し」というのがある。
この菊池氏を指導したのが、道元禅師から数えて六代目の大智禅師という禅僧です。この方が菊池一族に課された修業の内容が、とても、とても、驚くべき内容です。書くだけで疲れそう。次回に、大智禅師については書くこととして……。

この看板の近くには石碑と小さなお社があるのみの、地味な場所ではありました。
(2018年11月21日(加筆)この場所は、9月頃に整地され、現在、 南洲公園 となっている。芝が植えられ、椅子、テーブルが置かれて人々が憩う場となりました。

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西郷隆盛の世人を驚かす行動の裏には、この菊池一族のDNAがかかわっていたとしか思えません。


by Kinotomii | 2018-05-23 21:47 | 宗教 | Trackback | Comments(0)

青空に青竹うなる青嵐 澄子

青空に青竹うなる青嵐   澄子
野田藤を潜らむとして虻と会ふ   澄子

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最初の句は、「青嵐」(あおあらし)が夏の季語。
青葉のころに吹き渡るやや強い南風。先日来、日本国土を吹き荒れていた。

次の藤の句は、藤が春の季語。野田藤とは、晩春に長い房を豪華につけて、よく棚仕立てにしてある。野田藤の名は、豊臣秀吉が摂津の国の野田の藤を愛でたことに由来するという。(俳句歳時記より)
張り切って藤棚の中に入っていこうというときに、突然の虻の出現。
意外性と俳諧性が一致して面白い。


ごらんあれ花のトンネル風とほる   澄子
日にこぼれ風にこぼるる雪柳     澄子

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雪柳は、風に吹かれて散るのだろうが、いかにも、日にこぼれるかのように見える。そこをとらえた澄子さんのセンスの良さに感心する。

抗がん剤を使いながら闘病生活をされている方ですが、俳句がいつも湿っぽくない、明るく力強いところが、澄子さんの持ち味。
俳句には、どうしてもその人がでてしまい、隠せないので、本来、こんな方なのでしょう。

「人のために働くことで、元気を頂く」と、図書館で週一のボランティアをしておられる。



by Kinotomii | 2018-05-08 15:30 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

ポテトマッシャーとミネソタの大草原の小さな家

私も人並みに料理はします。禅の本ばかり読んでいるのではない。むしろ、料理は得意な方かもしれない。…と、ちょっと 自慢してから。

下の写真は、電子レンジで茹でたじゃがいもをつぶしているところ。
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注目してほしいのは、赤い木の取っ手の付いたポテトマッシャー。
これは、恐らく、1970年以前、アメリカの一般家庭で使われていたポテトをつぶすための台所用具です。
大変具合がよろしい。最近の平ぺったい形に比べ、力もいらず簡単につぶし、同時に混ぜることができます。

今日はミンチポテトコロッケを作るつもり。
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ところで、このポテトマッシャーは、約17年前に、ミシガン州のアナーバーという町に住む友人宅に3週間滞在した時に、タクシーを雇って一人で隣町のアンティーク マーケットに行き、買って来たものです。因みに、An Arborは、ミシガン大学のある街で、驚くなかれ、あの熊楠も一時滞在していたところです。

アンティークマーケットは、野球場のようなだだっ広い広場に、AからKくらいまでの大テントが建っており、その中で種々様々な品物が商なわれる。
宝石や骨とう品を始め、子供の遊び場もあり、家具まである。
私はどうしても、昔のアメリカの一般家庭で使われていた、特に台所用具が欲しかった。なぜなら、
あの、大ファンであったテレビドラマ「大草原の小さな家」に出てきた母さんが使っていたような、アメリカの開拓時代を思わせる素朴な品々を現地で入手し、自分の台所に置きたかった。
お客さんは1000人以上はいたと思われるが、日本人らしき人々には、夫婦であろうと思われる一組と出会ったのみ。

↓「大草原の小さな家」は、1870年代から1880年代にかけてを描いていたようです。放映は、1974年からであったとは! 当時自分は24歳ではないか……、と奇妙に思える。十分な大人なのに、あれだけ熱心に見たとは! 
子供のころに見たと思い込んでいたのに。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E8%8D%89%E5%8E%9F%E3%81%AE%E5%B0%8F%E3%81%95%E3%81%AA%E5%AE%B6

原作は、ローラ・インガルス・ワイルダーで、主役も二女のローラだった。
このローラが、ウイスコンシン州で生まれ、ミネソタでの生活が主に描かれていた、とは、去年、アイオワとミネソタに行って帰って来てから初めて知り、改めて感慨にふけった。

ミネソタとは、開拓者精神の強い、そんな土地柄なんだな、と思いました。
そのような土地で、片桐大忍師とご家族は、大奮闘されたわけです。
海外布教に行かれる開教師の方々は、一度はお体を壊されて一時帰国される。それくらい厳しいお役目なんですね。

片桐一家もそのようなことがあったようです。一年くらい日本で暮らされたが、その後、夫人のTさんは、大忍師と共にアメリカに永住する道を選ばれた。
大忍師が、辛かったら日本に帰っても良いのだよ、とおっしゃったのに対して、
「私はあなたと生きるために、ここに来たのです。帰りません」
とおっしゃったとか、今は日本に住まれている親しい女性のご友人の方にお聞きしました……。
これもすごい話です。

夫人は、周囲の佛教徒の方々に交代でお世話されつつ-買い物や病院通い等-、ご子息方を近くの町に、今でも、不自由なお体と共に、ミネソタのミネアポリスに一人でお住まいです。





by Kinotomii | 2018-05-04 15:33 | 雑記 | Trackback | Comments(0)