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やりたいこと、行きたいところ、話したい人、書きたいことが多すぎて。
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独りでも咲く

花束を胸に抱いたその途端、一つのつぼみが 
ポッキン! 
と折れて下に転がった時、子供時代失敗が多かった自分の、取返しのつかない絶望的な気持ちがよみがえった。
しまった~~!  ごめ~ん…。
どうしようかな……。

大きなつぼみである。こうするよりしょうがないな。
これは、お仏壇の花入であるが、ここに挿して置いたら、ちゃんと、
りっぱな花を開かせました。
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一つ一つの命には、生命を受けたその時に、すでにすべての情報がDNAに書き込まれていて、親はなくとも水さえあれば、色、形、大きさ、香り、
すべて親からもらった通りに咲く。
人の命もその通りだろうと思える。


by Kinotomii | 2018-06-27 16:09 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

花の命は短くて

豪華な花ほど、命が気になる。
23日夜にいただいてこんなに楚々としていたのに、
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翌朝には
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一つ二つが咲き、嬉しいけど、ゆっくり、ゆっくりでいいんだよ、と声掛け。

でも、25日朝ともなると、さっそうと咲いて下さる。
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そして25日夜。一日留守して帰ってくると、
居間中にかぐわしい香りが充満して、満開!
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美しさで人様に布施して、香りで更に良い気持ちにさせてくださり。

でも、うつくしい花は、盛りのときに早、散ることを考えてしまうからいけない。
そして、その最後の時は見るに忍びなくて、でも捨てようにも捨てられなくて、せめて、散ったものから整理しつつ、最後のつぼみまで生ききるよう、
一輪挿しで最後を飾る。

そこへ行くと野の花はいいよね。
花の終わりは種のでき初めで、枯れると種が自ら我が道を選んで、さっさと自立する。これは田んぼの畔に咲いていた、ヒメジョオン。
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そして珍しくシラサギの群れが。
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豪華で美しい花は、人間が鑑賞したいために意図的に作ることはあっても、花そのものは、見られることを誇りに思って咲いているのではいない。
鳥も花も、誰かに見られたい、褒められたいと思って生きてはいない。
ただ、天然自然に生まれたところで、自分の命を精一杯生きているだけです。
だから美しい。だから、終わりが哀れに思える。

できれば私たちも、こんな風に生きたい。(数多の老師方の本からの受け売りです)

もう一つ欲を言えば、こんな風に生きても、生きて行ける世の中であって欲しい。
みんなに認められる世の中であって欲しい。


by Kinotomii | 2018-06-25 22:59 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

思わぬプレゼント

意外な方から、この間のお礼に、と、大ぶりの百合の花の束を頂いたのは、昨夜のこと。
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これで花束の一部。
大きい。茎の長さが1メートル以上あり、花の直径は20センチを超える。

胸に抱いたとき、声を失うくらい感激した。
花も葉も露を含んで、パリパリ、キチキチと音がする。
一夜経って、昼過ぎには、
tuideni,
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かぐわしい香りを放散させている。

百合の花造りが趣味だそうである。同年代の男性である。
これなら作り甲斐があるというもの。

百合は、球根さえ埋めておけば、必ず咲く、と気楽に考えていたが、これほどのものを作るとなると、気を使うそうである。
世の中には、意外な才能を持った人が隠れて淡々と生きていらっしゃるものだ。
こんな美しいものを貰って喜ばない人はいない。
正に、布施ですね。


by Kinotomii | 2018-06-24 16:32 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

おはようございます

18日の地震には不意をくらって、改めて何もない日常の大切さを思います。
自然生えのかかぼちゃ。

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小さいながらちゃんとカボチャの形状を成している
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すでに青梅ジャムとなった今年の梅。受粉作業をしなかったから少なかった。熟した梅より青梅の方が、ジャムにするとおいしい。
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田んぼは田植えが終わり、
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TSUTAYA押熊店には本が並んでいました。
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約20年前に死んだ、飼い犬の「オヤスミ」の最後の日々が、多くの方々に注目していただけました。






by Kinotomii | 2018-06-20 11:44 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

何もしなかったらこんなに穏やかに逝けるのか 再UP

7月9日 東京新聞夕刊文化面。
石飛幸三医師のインタビュー記事が友人から送られてきた。

石飛医師は、世田谷区の特別養護老人ホームの常勤医師。
60歳までは、消化器外科医。60歳くらいから、老いや死にあらがう医療に考え直すようになった。
このころ、ホスピス運動の創始者をロンドンに訪れる機会があり、行ってみて目が覚めた。
終末期の人間のために科学を押し付けることは無意味ではないか。
当時勤めていた病院の不正をただし解雇され裁判となった。
この試練を経たのち、今のホームに着任した。
入所者の姿や家族の話から、終末期の過度の延命治療に疑問を抱き、自然の摂理に任せた看取りを目指すように。
「何もしなかったらこんなに穏やかに逝けるのか」、とびっくりした。
「無理やり点滴したり胃ろうで栄養を入れなきゃ、苦しまず、眠って眠って、自然に最後を迎える。」

<このことは、五木寛之の「余命」にも同じことが書いてあった。
水分を摂取させるから、死ぬとき苦しむ。
枯れるように静かに細胞を終わらせると、さして苦しまなくてよい、と>

とは言っても、多くの人は延命治療を望まない選択をしても、家族は悩むことになる。
悩んでもよい。
死は、肉体、物質の問題であるだけでなく、人間の心の問題。
悩むのは当たり前。



by Kinotomii | 2018-06-17 07:39 | 親子関係 | Trackback | Comments(0)

人間らしく自然に逝かせたい (2016年3月15日)再UP


大きなタンが吭のあたりにからみついている。
93
歳の病人は、少しずつ吭を動かして、何とか舌の上の方へ持ってこようと努力している。
「口開けてください」と言うと、
アーン、と開けた。
赤黒い、大きなタンが吭をふさいでいる。
体も首も動かせない病人は、舌だけ動かしてタンを出そうとする。
串の先に黄色いスポンジのついた口中掃除用のもので絡めとろうとしたが、うまくくっついてこない。
「ごめんね。もう一回な」と言いながら、2回、3回、…。
看護師さんに口の中を触られると
「あ~~」と、興奮する病人であるのに、今のタンを取っている人はちょっと違うと思うのか、おとなしくさせてくれる。
しばらくやっていると、うまい具合に口中の天井部分にくっついてきた。
「もうちょっと、もうちょっと」
と、スポンジを丸めながら絡めとると、固い大きな赤黒く色の変わったタンであった。
落ち着いたのか、そのまま眠り始めた。

全く動けない体。
両手を組んで胸に置き、外すのも困難なくらい固く組んでいる。
このまま早く逝きたいというつもりなのに違いない。
それが一番の幸福なのだ。

手の甲に点滴。
洩れた痕が手の甲を黒く染めている。
「もういいですから。やせてもいいですから」
と、傍にいた看護師さんに冗談めかして言うと、
「一時熱が出たので薬を入れているんです」
医療関係者にこう言われると何も言えない。
針が外れて再度刺そうとしても、固くなった血管はなかなか受け入れない。
看病に来ているある方がつくづく呟かれた。
「血管に針が入らなくなるまで死ねない」

ーもう何もしないでください。点滴も止めてください。このまま自然に逝かせてくださいー(心内語)

しかし、これを言えばどうなるか…逆効果かも。
一人では決められない事情がうらめしい。

「私が傍に付くので、臨終のその時は家に帰してください」
ー途中で死んでもいいですからー(心内語)
主治医に言ったが、これも、受け入れてもらえなかった。
「病人がかわいそうです」
ーどっちがかわいそうなんだ!-(心内語)
「一人で看るのは無理ですよ。他のごきょうだいが交代なら」
「他のきょうだいは……ダメなんです」
きょうだいがいれば、一人の意見ではでは決められない。

「人には寿命がある」
これも良く言われる。
しかし、病人の寿命はとっくに終わっている。
1
年前、「食べない」と口を開けなかった時に、自分で決めている。
見舞ったときにスプーンを口に運ぶと、「もういらん」と横を向いた。
「もういらないそうです」
とそばの三角布をつけた人に言うと、
「食べられます。はい、あ~んして!」と、どんどん押し込んだ。
食べるのではなく、詰め込む。
空腹のとき食べられないのも辛いだろうが、食べたくない時無理に詰め込まれるのも辛いに違いない。
次に行った時には、唇が赤黒く変色していた。
ーなぜそこまでして食べさせる!-(心内語)
わからないことが多すぎる。

今はどろどろの粥食になっていた。
スプーンを持っていくと、条件反射的に口を開ける。
完食。
反抗心は無くなっていた。
目の前で食べさせている人が誰かよくはわからないが、親しい人だとはわかるらしく、素直だし、表情が穏やかだ。

帰る日、
「お父さん、私たちを育ててくれてありがとうございました。家族のために一生懸命働いてくれてありがとう。
遠いところに働きに行ってお金を送ってくれたから学校も出られました。忘れません。ありがとうございました。さようなら」
病人は穏やかな目でじっと見つめて、かすかに首を振った。


by Kinotomii | 2018-06-16 18:14 | 親子関係 | Trackback | Comments(0)

アマゾンで希少本になっていた!

これは、2015年にパレードという出版社から出版した本です。
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本日から、TSUTAYA押熊店(奈良市)に置いていただけることになりました。定価1000円です。

因みに、『朱いちゃんちゃんこ』とは、還暦を迎えた人が着る、あの老人用のちゃんちゃんこではありません。
赤ちゃん時代から本が始まるので、反対に赤ちゃんの総称としての「朱いちゃんちゃんこ」です。

TSUTAYAさんに置いていただくまでには、事情がありました。

ある日、自分の本をamazonで検索して驚いてしまいました!
何と、定価1,000円の本が、2,400円で売られていたのです。
これは……、これではいかん。
さっそくアマゾンの店主に連絡してみました。
作者である私の元に大量に在庫があるので、もっと価格を下げてもらえないでしょうか?

答えはすぐきました。
「amazonで在庫切れのため、他の書店から定価で仕入れ、希少本として販売している。新しく仕入れる目途が立たないので需要と供給の関係で、この価格になっています」と。

自分がamazonに出せば良いのでしょうが、この手続きなどがとても面倒。
後の処理も面倒。
年齢のことも考える。いつまでPCを使えるだろうか、と。

それに、できれば、本は本屋さんの店頭で買いたい。
手に取って、眺めて、中身を読んでみて、よし買おう! と、こういう手順で買いたい。その方が、間違いがない。

こういう事情で、TSUTAYAさんに相談したら、親切に、しくみを考えて下さいました。
以前も、ここに10冊置かせてもらって売り切れました。
友人知人を総動員したから、ということもあるけど…。
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自分で本を出すことは、大会社が宣伝費用を持ってくれることもないし、気苦労の多いことでもあります。
自分で自分の本を宣伝するなど、気恥ずかしいと思いながらも…、2400円で売ってはいけないと思いました。
中身は、老人介護の問題や、社会の片隅でひっそりと生きているような人々へ、光を当てる内容となっております。
奈良県内のTSUTAYAさんで。






by Kinotomii | 2018-06-13 18:23 | | Trackback | Comments(0)

マクロ ン フランス大統領の握手

カナダでのG7で、マクロン大統領の握手が話題になっている。

トランプ氏の親指と人差し指の間に白くマクロン氏の親指の痕が残っている。
それくらい強く握った(掴んだ?)ということ。
それが、ネットの絵になって見られる。
トランプ氏に対するEUのはがゆさからすれば、さもありなむ、と、同情する。
さすがに若いから…こんなこともできるのかな。

これだけで、言いたいことの半分は伝わっているのではなかろうか。


握手は、コミュニケーションの道具だ。安倍首相には
せめて、形だけでも、国民代表として堂々としたところを見せて欲しい。
海外訪問のときなど、奥様と手をつないで飛行機のタラップを上がり下りされる。
つい最近も問題を起こされたその奥方の方が堂々としているとは、どういうことだろうか。
タラップの上で、時には夫を促しさえされる。

アメリカのレーガン夫妻はご高齢だったからあれでも良かった。
日本では、鳩山夫妻が手繋ぎの最初の首相夫妻だったが、
セレブの二人が、アメリカに遊びに行ってきま〜す、と手を振っておられるようで、とても残念だった。


日本の首相は、あんなアメリカの演出を真似しなくても良いのではないの?
ドイツのメルケル首相など、旦那様を連れておられるところなど、見たことがないように思う。
独身かと思っていたら、ドイツに行ったとき、御主人がいらっしゃると聞いて衝撃だった。
G7でトランプ氏に詰め寄る彼女の姿をネットで拝見した時、とてもカッコイイと思った。

もういいかげん、男性政治家の妻への機嫌取り手つなぎはやめてほしい。
妻に機嫌取りする脳の習慣が、外国の首脳にもつい機嫌取りする働きに動いてしまう!

しっかり仕事をして欲しい。
握手で交渉の先手を打ってほしい。
政治家の仕事とは、そういうことだと思うから。

そう言えば、トランプ夫人が夫と手をつないでいるところは、一回も見ていないように思う。




by Kinotomii | 2018-06-11 17:30 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

安部首相の握手と楢崎通元の握手


「握手」は、ただ、手を握り合うことではない。
握手一つで相手への親密感を伝えることもできるし、
意気込みを伝えることも、嫌悪を伝えることも、誠実を伝えることも、意志を伝えることもできる。
そのために、相手の手をぎゅっと握りしめることが礼儀とされる。

この度の安倍首相のアメリカ訪問で、トランプ大統領との会談後の握手の様子をニュースで見た時に、「あっ」と声をのんでしまった。
左側に立った安倍首相の右手を、右側にいるトランプ氏が右手で包むように力強くささえていたが、安倍首相のその右手には何ら力がなく、なよなよと相手に任せきった表情。顔もうつむきがちであった。
あまつさえ、トランプ氏は、左手で安倍氏の右手の上に慰めるかのように自分の左手をかぶせた。
格上が格下に「Fine 」とでも告げているようであった。
一国の首長同士の対等な握手とは見えず、日本人として残念だった。
安倍首相が握手の意味を知らないはずがない。
これで、交渉は日本側の負け、アメリカに借りでも作ったのではないだろうか、と思わせた。

オバマ前大統領もよくこの格上握手を相手にした。
それは、握っている相手方の上腕部からひじにかけてを撫でたり軽く叩いて、相手への親密性を表しているかのように見せながら、その親密性は、オフィシャルな場では「Too much」であり、結果として相手を格下に見ていることがわかるのである。
あるいは、劣等意識を隠すため、あえて大きな態度を取っているのかもしれない。

さて、お坊様方は、あまり握手には縁がないかもしれない。
佛教の場合、ほとんどの挨拶は「合掌」で済むから。
今年1月、瑞応寺を訪れたとき、楢崎通元老師と握手する機会に恵まれた。
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握手慣れしている私から、自然に老師に手が出たのである。
杖を左手に預けて老師が右手を出された。
私はいつものように、ちょっと小さめの老師の手を取って、ぎゅっと握った。
すると、通元老師の眼がキラリと光った。
そして、どうしたことか、力の限り、きつくきつく握り返して来られたのである。
そこには真剣な意志が感じられた。
「まだまだ負けんぞ!」
とでも仰りたいかのように。
「おっ」と思った私は、
「じゃぁ、私もお返ししますよ。負けませんよ」
という気持ちで、更に強く握り返した。
二人で、真剣に相手の眼を見ながらきつく握手している姿は、どう表現したらよいのだろう。どこか滑稽でありながら、この一瞬にかける素と素のぶつかり合いであったと思う。
この一介の在家訪問者に対して、長年多くの修行僧を率いて来られた92歳が、素の、掛け値なしの存在を示されたことに対して、私には敬意の感情が湧いてきた。

後で思った。
それにしても、通元老師の指の骨が折れなくてよかった。


by Kinotomii | 2018-06-10 16:52 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

比べたら大きいけども、比べなかったら 楢崎一光

私、今扇子を持っていますが、ありゃ、大きいなと思うかもしれない。
比べたら大きいけども、比べなかったら、大きいとも小さいとも言えないねん。ね、。

だから、比べりゃ、ね、これは長いかもしれん。
比べなかったら、これは、長いとも短いとも言いようがない。
天下一品ですよ。
今世の中はみんな比べているんですよ。
今日は暑いね、と言やぁ、何かと比べて暑いね、と言ってる。
ね、今日は多いね、と言やぁ、何かと比べて多いね、と言ってる。
ここは狭いね、と言やぁ、何かと比べて狭いね、と言うてる。
比べなかったら、このもの、そのものの実物、そのものの真実はね、
そのものが、大きいとも、小さいとも、きれいとも、汚いとも、
長いとも、短いとも、そういうものを越えて、何とも言いようがないんです。ね、、。

比べなかったら、天下一品でしょ?
今みんな比べている世界ですからねぇ。
だから、平等ということだってね、比べて言っとったんじゃ、平等の世界はないんですよ。
男女平等って、何が平等です? 比べたらみんな違う。十人十色、百人百色やが。ね、、。
比べたらね、平等という世の中は出てこない。
坐禅しなかったらね、平等の世界は出てこない。いいですね。

そうでしょ、男女平等て、何が同じですか。
平等というのは、等しいてこっちゃ。何が等しいんです。姿かたちから能力からみんな違うように、ね、平等じゃないから不平がでるんでしょ。不平ちゅうのは、不平等っちゅうこっちゃ。
平等、平等、てみんな平等の世の中を願ってる時代ですけども、
平等ということがわかってないんです。ね。 

仏法は中道て言うでしょ? 中道。 中道というのはね、文字をみればわかる。
口を書いてこうやったらいいですね。

何とも言いようがないんです。比べようがないんだから。大きいとも小さいともね、くらべれば、大きいとか小さいとか、気に入るものを取ろうとか、気に入らんものは捨てようとか、こうなる。
比べようがないんですから、何とも言いようがない。

だから
宇宙というのはね、みんな大きいところばっかり見ているけども、
ほんの小さな木っ端みじんのものも、比べなかったら宇宙です。
ね。これは(扇子)宇宙ですよ。宇宙を宇宙にしなきゃいけない。


楢崎一光 菊池市民会館での講演会から 平成2年



by Kinotomii | 2018-06-03 23:07 | 宗教 | Trackback | Comments(0)