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道元禅師 山居の偈(げ)

山居の偈 (「げ」とは、短い詞)

西来(せいらい)の祖道、 われ東(ひんがし)に伝う
月を釣(いざな)い雲を耕(はげま)して、古風を慕わしむ
世俗の紅塵、飛べども到らず。
深山雪夜(しんざんせつや)、草庵の中(うち)。

Verse of Life in the Mountain

The way of the patriarch's coming
from the West,
I transmit to the East,
Yarning for the ancient ways ,
Catching the moon,
Cultivating the clouds,
untoutched by worldly dust
fluttering about
a thatched hut ---
snowy evening, deep mountain.


「僧堂の行持」英訳本、
"PRACTICES AT A ZEN MONASTRY" と

You Tube の最初の英訳に異なりがある。

本…patriarch's coming from the West
You Tube…patriarches coming from the West

部分を書き直し。3/21




by Kinotomii | 2018-11-29 20:00 | 宗教 | Trackback | Comments(0)

再び「山居の偈」英語版 再up

どうしても気になる道元禅師の「山居の偈」の英語版の違い、

① patoriarch's ➡〝PRACTICES AT A ZEN MONASTERY” 『僧堂の行持』瑞応寺出版の英訳。

② patriarches ➡アメリカでYou Tubeに投稿された” Hokyo-ji"宣伝のための Hokyo-ji Zen Practice Community による投稿。

いずれも道元禅師の「山居の偈」を英訳したものだが、一語[patriarches]の部分だけが違う。
[patriarch]とは、祖師、長老、古老のこと。このような人は一人しかおらず、複数形にはできない。


辞書を引くと、patriarchesは複数形ではなくて、ギリシャ語から語形変化したpatriarchaeの所有格(属格に入るのだろうか。I-my-me-mineのmineに当たる)である。patriarchesは、英検1級くらいの、あまり使わない難しい単語だそうだ。ネットの辞書によると。

故に、[The way of patriarches]で「祖道」=祖師に属している/と共にある/が持ってきた法(仏法)=系統の正しい仏法。
[coming from the west]で「西来」=西からやってきた

とうことは、やっぱりこう書かなくてはいけないかも。
The way of the patriaches
Coming from the West
これを日本語訳すると、「西からやって来た祖師に属している法」。=「西からやって来た僧と共に伝わった法」…日本語としては奇妙だけど、「法 と僧は一如と」いう理解なのでしょう。正法であることを宣言しているのでしょう。

漢文の読み下し文的には<西来の祖道>

日本語と英語の違いは、日本語は大事なこと<祖道>は最後に持ってくる。
英語は、大事なこと<The way>を初めに持ってくる。そして後ろから前を修飾する。ややこしいのは、中国語は英語と似た並び方だということ。
恐らく道元はこれを漢文で書いているから、それを後世の人々が日本語読み下し文にした。それを又、英訳したということで…。英訳に苦労したことでしょう…。

オリジナルは道元の言葉だから、「西」はインドのこと。
「我東に伝ふ」の「我」は道元自身、「東」は日本のことになる。
つまり、西方のインドから達磨大師によって中国に伝わった禅佛教を、道元が東方の日本に伝えたということをうたっている。

では、Hokyo-ji Zen Practice Community の方はどうかというと、英訳はやっぱりこちらの方が正しかった。ただ、You Tubeの映像は生前の片桐大忍老師である。道元禅師の「short poem」と断ってはあるが、宝鏡寺のバックグラウンドに英語の「山居の偈」が流れると、[I transmit to the East」のI は、片桐大忍としか映らない。Eastは、アメリカのこととなるし、道元によって中国から日本に伝えられた禅佛教が、片桐大忍によって再びアメリカに伝えられたという意味になる。

うまいなあ、と思う。この作り方が。道元の行ったことと同じことを、片桐大忍がアメリカに同じように行った。道元と片桐大忍が重なるように作ってある。
確かに道元の仏法をアメリカ中西部に伝えたのは、彼らにとっては、師と仰ぐ片桐大忍である。片桐大忍は、道元が唱導した道元の時代の禅佛教をアメリカで実現しようとして(多分、道元禅師の時代の基本に返った禅が頭にあった)、わざわざミネソタの山の中に「宝鏡寺」という僧堂を作ろうと頑張った。志半ばでガンで逝かねばならなかったことは、どれほどの心残りだったろうか。現在、宝鏡寺は、道心のあるアメリカ人たちによって少しずつ再建に向かっている。坐禅も行われている。

これらのことは、ワインコフ彰顕著、中山とし子訳
『禅の種まき アメリカ人禅僧の禅的日々 in Iowa』に断片的に書かれています。
https://sousekisan.exblog.jp/page/7/
出版社は、奈良でこだわりの出版を続けている「奈良情報教育出版」http://www.narahon.com/。販売もしています。



by Kinotomii | 2018-11-29 07:22 | Trackback | Comments(0)

二代目

これは我が家のミキサー二代目。
c0356158_15233434.jpg
ほぼ毎朝お世話になっている。
食物を狭い容器の中でも粉砕し撹拌できる。バナナ、人参、りんご、黄な粉、青汁粉などに市販の野菜ジュースと牛乳を3:2の割合で入れ、このミキサーで撹拌すれば、百貨店の地下で売っている野菜ジュース(400円くらい)よりも栄養豊富で濃厚なジュースができる。
人参は賽の目に刻んで煮て、50グラムくらいずつ冷凍してある。
c0356158_15235085.jpg
家の勝手生えのカボチャも同じようにして。そのままでは、残念ながらおいしくないけど、こうすれば……。
c0356158_17561960.jpg
朝はこのジュース(スムージー)だけで十分な時もある。
上に見える赤い道具は、通販で買った甘酒やヨーグルトを作る道具。重宝です。今は甘酒を作っているところ。温度管理と時間管理を完璧にやってくれる。甘酒は、発酵玄米で作るので、体にも良い気がする。






by Kinotomii | 2018-11-26 15:41 | 食べ物 | Trackback | Comments(0)

京都市交響楽団 第629回定期演奏会

11月17日、しばらくぶりのクラシックコンサート。
このところ音楽の楽しみがなかったから、大分前から心待ちにしていた。
期待した通り、今日は本当に満足できるコンサートになった。

指揮者は、アレクサンドル・ラザレフというロシア人。2008年9月から8年間、日本フィルの主席指揮者だったとか。
2016年9月には、桂冠指揮者兼芸術顧問をされている方。実力者です。

このような外国人ゲスト指揮者の場合、京響では、始まる前に曲目や作曲者の蘊蓄を語る時間をもうけてある。
ラザレフは、早々と舞台に上がりユーモアを交えて、今日の曲目の作曲者二人の周辺を詳しくロシア語で語られた。通訳付き。

終わってから思ったことだけど、多分、京響の団員とのち密で親密なコミュニケーションを取っておられたことだろう。
指揮者と演奏者とのチームワークがぴったりで、大変素晴らしい音だった。
団員全員が、最初から最後までキッと集中しておられた。だから、音に元気があり、しかも澄んでいた。
名指揮者とは、こういう人のことを言うのだろうと思った。
  <<(40年まえのことを思うと)京響も上手になったなぁ>>
なんて、生意気なことを思った。本当に、弦楽器も金管楽器も自信のある音が出ていて、不安がなかった。
意欲的で貫録があった。

今回は特に、ボロディンには、コントラバスが活躍した。あの低い弦の音が何台も同時にテンポよく奏でられると、腹に響くような快感がある。
又、弦楽器と金管、木管楽器が互いにしのぎを削るような緊張感で交互に主張し、スリルたっぷり。
タンバリンやハープで時に長閑な民族性を聴かせ、良くできた曲なんじゃなかろうか。。
指揮者も曲の世界に浸り切っており、熱狂的な指揮。
面白いと思ったのは、演奏者に対して、指揮者ではなく聴衆に向かって奏でよ、というようなパフォーマンスを何度もされたこと。

楽譜は見台の上に乗っていなかった。ただ、ノートが一冊。
楽譜は頭の中に入っているのでしょう。
グラズノフの「四季」とボロディンの「交響曲第2番ロ短調」の2曲が、メリハリの利いた飽きの来ない、楽器の数の多い曲だったことも良かった。
ロシア人がロシア人の曲を指揮すること、納得。
コンサートマスターの泉原さんの力も、目に見えないところで効いていたと思う。

今日は、吉村の蕎麦ランチもおいしく、おまけの紅茶もおいしく、時間つぶしに入った、コンサートホールの隣の京都府立植物園も、広々、のんびり、手作りのイベントもやっており、気候も申し分なし。充実した一日でした。
一日が二日分くらいの充実感があり、今日は恵まれた一日でした。


by Kinotomii | 2018-11-17 21:40 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

釈尊の教えを分かりやすく言うと  須田道輝

大空のような心を持って生きるということです。
広い心、深い心、不動の心、とらわれない心です。
禅の精神を一口に言えば、「一度死んで考える」ということです。
つまり、坐禅するということは、そこで「死ぬ」ということです。

良寛和尚の歌に、「うらを見せおもてを見せて散るもみぢ」とありますが、自分の欠点を見せまいという努力はつらく無意味なものです。自分の欠点をさらけ出すと、かえって心に余裕が生まれるものです。
 心に嘘を持たない生活は、からりと晴れた天空のように、毎日が悠々としていられます。

 (『参禅の道』第69号から。故須田道輝(どうき)老師は、前諫早市天祐寺住職。澤木興道老師の下で出家されたお坊様です)

by Kinotomii | 2018-11-04 06:31 | 宗教 | Trackback | Comments(0)