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Not thinking と Non thinking

毎朝20分間坐るようにしている。
夜坐禅は眠りこけてしまうのでダメだが、朝は元気があるので集中できる。
集中して色々なことを計画したり、解決したりする。坐禅しながら。

は、 いかん、いかん、無心だ。非思量だ。只管打坐だ。と思い直す。
思い直すのも、考えていることだ。
英語で、Think-not thinking.とよく言う。

『普勧坐禅儀』には、「箇の不思量底を思量せよ。不思量底如何が思量せん。非思量。此れ乃ち坐禅の要術なり。」
とあって、つまり、
「考えないことを考えよ」=Think-not thinking.
「考えないことを考えるとは、どうやって考えるのか?」=How do you think Not-thinking?
「非思量である 」=Non-thinking 
………
このnot thinking 状態をものにするには、Non-thinking でなければならない。つまり、Non-thinking とは考え以前の状態? 

Non-thinking とは、Winecoff 師の英語から抜き出すと、
It is beyond your ideas of how things should be.
「非思量とは、物事はこうあるべき、というあなたの考えを超越したところにあるものです」
又、Non-thinking is not a dull mind.
「非思量とは、ぼや~っと、だら~っとした精神状態じゃありません」
It standing up in what is.
「それは、あるがままの現実そのものの中に、しっかりと両足で立つこと。 つまり、そのものと調和する、又、一如となること」
この stand up という語をワインコフ師はよく使われる。
これは立ち上がるという動作ではなく、背筋をシャンと伸ばして場に集中した状態、と考えたい。
それはつまり、その場と心身共に一つになった精神状態。
具体的に言えば、坐禅はこのような状態でなければならない。
目は半眼でリラックスした状態でありながら、脳はしっかりと覚醒し深いところまで集中している。

そして、
「此れ乃ち坐禅の要術なり。」とは、
Non-thinking is the essential of Zazen. 

このNon-thinking が難しい。実はこれは、坐禅の長年の修行の中で獲得するものではなかろうか。結局のところ、我を捨てよ、自分の意志や感情を捨て己を空しくすること、だと思う。この練習が坐禅なのではあるまいか。
そして、老師方のお言葉によると、これはできるそうである。時には、坐禅会で、この状態を経験した方のお話を伺うことがある。しかし、これを「悟った」と思ってはいけないのだそうだ。特に、道元禅ではこのような悟り状態を特別視することを戒めている。

実は、私にも一度だけあって、その時には体が浮いているかのようにふわ~っとして、坐っていることを忘れる。老師方には何度でもあるのだそうだが、故酒井得元禅師によると、坐禅は一回一回のことで、それで自分が一段上がったとか言う風に考えてはいけないのだそうだ。

道元禅師は、常住坐臥、つまり、生活のすべてが禅であると説いている。目の前に現れ出でたることに真剣に真っ直ぐに当たること。standing up in what is . 道元禅の教えるところは、ここであろう。私は『禅の種まき』などの翻訳の過程で、ここのところを繰り返し学びました。そのためには、何にもならないこだわりや自我など捨てる。それができるようになるための、日々の坐禅は修行なのではあるまいか。
そのためには、やっぱり、正しい坐禅にいそしみ、毎日を今日が初めての初心者のつもりで坐るように心掛けることなのでしょう。

自分のことに戻ると、最近、以前より20分間が短く感じる。禅堂ではたいてい40分から45分間だから、それでだろうか、とも思うが……。


by Kinotomii | 2019-01-27 23:17 | 宗教 | Trackback | Comments(0)

(ラヴェル編曲)組曲 展覧会の絵

2019年1月19日、京都コンサートホールに今年初めてのクラシックコンサートに行く。
何しろムソルグスキーの「展覧会の絵」だから絶対に聴かなくては!!、と昨年早々と予約した。指揮者はマルク・アンドローエ。ヨーロッパの方。

まず、こちらのYou Yubeで、ロイヤルコンセルトヘボウの1991年のサントリーホールでの演奏で、お馴染みのプロムナードの部分の記憶を蘇らせていただいて。
https://www.youtube.com/watch?v=RX-puWNKNg4
皇室ご一家の天覧演奏会となっていますので、最初に「君が代」が入っていますが、こんなに美しい「君が代」はめったに聞いたことがない。
指揮者(リッカルド・シャイー)も楽団も残念ながら京響よりは一段上だから、とても!美しい音です。

しかし、今日の京響の「展覧会の絵」もすごく良かった。
その証拠に、終わった途端、楽団員同士が周囲を見回して笑顔で共感を分かち合っている風景が見られた。又、パートごとに集まってお互いの共感を確かめ合っている風景が見られた。
ご本人たちも満足だったに違いない。
こんな風景は、どのコンサートでもこれまで見たことがない。

何しろ大曲ですから。元々ピアノ曲なのに、ラヴェルの編曲がすごいのだそうだが、あの有名なプロムナードの部分をいくつもの楽器で聴かせる。
まずトランペットの晴れやかな音で幕を開け、チューバやフルート、クラリネット、トロンボーン、バスーン、特に、サックスの音が秀逸だった。サックスはセクシーだ。若い奏者で見たことのない方だったが、後で確かめたら客演奏者だった。あの周囲を圧する色のついた音は、才能だと思う。思わず、「うまい」と小さく呟いた。終わって最初に指揮者が指さしたのは、やはり、サキソホーンの崔勝貴という人だった。拍手も一段と高かった。やはり、みなさんわかるのだなあ,と思った。後でバスーン(だったかな?)の経験者に聞くと、あの部分はバスーンから次第にサックスに入っていくその滑らかさが聴きどころなのだそうで、だから! サックス奏者とバスーン奏者が、お互いに笑顔でうなづきあっていたのだなぁ…。

それに、この曲は打楽器が大活躍する。
シンバルなど、数種類の大きさのシンバルを使い分けるとは、上から見ていて初めて知った。緊張と集中力があって、見ていても気持ち良かった。疲れが取れました。夫婦間の緊張も。一つでも共通の趣味があるということは良いことです。

こちらは、1986年ベルリン交響楽団。カラヤン。
https://www.youtube.com/watch?v=go6WSgfgZoM
リッカルド・シャイーよりもおとなしい。淡々としている。やはりこの曲はロシアらしく深い陰影をつけて欲しい。リッカルドの勝ちと思わせる。今日の京響の音も張りがあって満足です。
この演奏の良し悪しは、まず指揮者の力量によるところが大きいのでしょうが、コンサートマスターの力も大きいのか、最後に指揮者のアンドローエは泉原さんを立たせて肩を抱き、聴衆にアピールした。

こんな幸せな時間は人生にそう多くはない。人生の仕切り直しができる。有難いことです。


by Kinotomii | 2019-01-21 06:43 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

女優 サヘル・ローズ

1年くらい前、テレビをつけたら、そこに映って話している人の美しさに目を奪われた。
これまで見たこともない女性である。
外見は外国人のようだが、言葉は純粋な日本語。外国語なまりがない。
だから日本人なのだろうが、最近の日本人女性にない美しさである。
顔の作りが美しいのはもちろん、目を奪われたのは、そのたたずまいである。
どうも、番組の進行係のようだが、その役割にふさわしく、
まず、長い黒髪を後ろでキリッとまとめてアップにしている。
爪はきちんと切り、キラキラの塗り物もない。そして、両手を前で重ねて話す。
衣服は高価そうではないが、素朴ながら、衿元、袖の長さ、スカートの長さが、上品である。
そう、一言で言うと、昭和の初期の頃の日本女性はこのようであったのではないか、と思わせるそんな上品なたたずまいである。

そして、話し方のスピード、間の取り方が適切で、不必要な抑揚がなく相手におもねない、そして、はしゃがない知的な話し方は、もっと聞いていたいとまで思わせた。
最近のニュース担当女性アナの、髪を幽霊のようにだら~んと下げた普段着感覚など、この女性に到底及ばないと思わせた。
日本の上品とは、このような人のことを言うのではなかったか。
どこか地方局の報道番組だったようにも見えたが、とにかく、私は、まだ日本にこのような女性がいた、ということに大変気をよくした。
以後、テレビで見かけることはなかった。

そして、次に目にしたのは、毎日新聞の昨年9月29日の里親特集であった。
驚いたことに、この女性は女優であり、イラン人であり、7歳の時に、施設にいたのを、今の母親である養母に引き取られて日本にやって来た女性であった。つまり、自分自身が里子であった。まだ若い養母と二人で、経済的、社会的な大変な苦労の末、現在女優業をしながら養母と暮らしている。
人間は苦労しないとダメだな、最近つくづく思う。

当然、自分が子供時代に困ったような境遇にいる子どもたちの支援もしているらしい。
なるほど、だから……、と私は思った。
美しいとは、外見だけを言うのではないことは常識とは言え、真に奥底からにじみ出てくる美しさは、人の目を奪う。
苦労して身に着けた教養は、ちょっとやそっとでははがれないし、周囲を圧倒するようなところがある。
女優業やタレントではなく、もっと社会に深くかかわるような仕事や役割への可能性を期待してしまいました。





by Kinotomii | 2019-01-18 23:31 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

白い毒

昨夜、「武士の家計簿」を再視聴して、珍しく涙にむせてしまった。男の子の育て方、父親の在り方、家の職業を継ぐとは、まっとうな生き方とはどのようなことか、…江戸から明治にかかるあの時代の武家の日常の中に日本人の生き方、考え方が再現されていて共感が持てた。
この中に、妻が出産する時、夫は大変貴重な白砂糖の袋を一つ妻に渡す場面がある。重労働である自宅での出産の体力の低下に耐えられるよう、妻はそれをひとなめしては出産に立ち向かう。ここでは白砂糖は薬ほどの価値を持っている。江戸の終わり、貴重な砂糖は、とても庶民の手に入るものではなかっただろう。が、大きな借金を返済中である夫は、妻のために大奮発する。妻は、砂糖の入っていた紙袋を一生身近において大切にした。

さて、
最近のスイーツと呼ばれるケーキ類の世の中への氾濫はどうだろう。
街中にケーキ屋さんの多いこと。
大きなケーキやアイスクリームを、さも美味しそうに放映するテレビの意図はどこにあるのか。
文化人と呼ばれる人々も、最近この風潮に対して、何も言わない。まず、文化人がいなくなったと言っても良いのではないか。最近のテレビにゲストとして座っている方々は、ほとんどお笑いの方々なのではないか。調査したことはないけれども。

30年ほど昔、白砂糖は「白い毒」と呼ばれて、甘い物の摂り過ぎには、いずこの主婦も気を付けていたものだ。今はどうなっているのか。
ネットで調べてみると、やはり……。
https://ameblo.jp/yoriyokimiraie-2013/entry-11985990846.html
ここまでとは思わなかった。

これは、不妊治療をしている女性鍼灸師のブログだ。
http://rakanka.mobi/white/
「白砂糖の害は恐ろしい」白砂糖は食品ではなく、危険な食品添加物です。
加えて、オーストラリアのドキュメンタリー映画、『甘くない砂糖の話』が2016年に作られたらしい。
砂糖の摂り過ぎは、体を冷やし、脳を砂糖漬けにし、子宮壁を薄くする。
子宮壁が薄くなれば、精子の着床が難しいそうだ。もし、こんなことが妊娠率を下げているとすれば、全くばかばかしい話だ。
最近の産科医は、このようなことは言わないのだろうか。
これは、100歳の母を持つ80歳の東洋式治療院を開業している方から聞いた。
この治療法は、現役の産婦人科の看護師さんたちも資格を取って、週一くらいの間隔で開業していらっしゃるテルミーという温熱治療法だ。私は20年前からの愛好者だ。身体中のリンパ液を流し、コリをほぐし、神経がほぐれる。神経がほぐれればぐっすり眠れる。
日々医療現場の不自然さを目にしていれば、専門家ならもっと人間的な治療法を求めるのではなかろうか。

不妊治療を専門にしている医師からすれば、着実に妊娠してもらうことが一番いいだろうが、そうでなくても、失敗の数が多ければ多いほど、意地の悪い憶測をすれば、彼らは儲かる計算だ。
本当に誠意のある医師を選ぶべきだ。子宮を作っていくところから診てくれる医師を。ネットなどで大々的に現代医療をうたっている病院が良いとは限らない。
こんな時こそ、噂ではなく、見抜く目を持たなければ。

おまけに、精製された砂糖は、その製造過程で、多くの薬品を使うようだ。

ケーキやアイスを日常的に食べて、良いことは一つもない。
こんなことは、私たちが普通のバランス感覚を持っていれば、何かおかしいと感じるのが普通ではないか。
日常の食事だけで、私たちの体の炭水化物は十分足りているそうだから。

30年ほど前、子育てをしていた頃、母親たちはできるだけ白砂糖を使わない料理を心がけていたものだ。テレビ、新聞、学校からの教育もあった。
その努力も空しく、すでに大人になったかつての子供たちは、安易に流行に乗って、甘い物の大食いをすること!
かつて、大人たちは子供の食べる物に細心の注意を払って、子供たちの健康を守ったことなど、彼らには想像もできないのではなかろうか。それほど、世間のメディアによる影響力は大きい。親よりもメディアを信じる子どもたち。機嫌をそこねたくないために、口をつぐむ親たち。

私はずいぶん前から不審感を持っている。なぜ大きな声で砂糖の脅威を言う人が少なくなったのか?
どこかの国から砂糖を輸入する関係から、政治の圧力でもあるのか、と。




by Kinotomii | 2019-01-03 17:56 | 食べ物 | Trackback | Comments(0)