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『禅に生きる 復刻版』澤木興道

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非売品です。
愛知尼僧堂での日曜参禅会で、参禅者全員に賜った。
青山俊董老師の、本から採った禅語のサイン入り。私は、
「宗教は生活である」を頂戴した。

昭和31年に出版され絶版となっていたものを、この度、中祐一郎という方が、原書に基づいて編集再販された。
中さんは、学生時代に安泰寺の坐禅に通い、何度か、澤木老師の提唱を拝聴された由。
その後、思いもかけない因縁が重なり、広がり、この本の再販に至った。
この経過も感動です。
若い頃安泰寺に通ったことのある自分にとり、あの頃を共有する意味でも、親しみを持って手にした。

澤木老師には、有名な『禅談』があるが、「禅に生きる」の方は、酒井得元老師と内山興正老師が、折に触れて澤木老師から聞いていた回顧談を自伝の体裁にまとめられたものです。

澤木老師は、幼い頃御両親を亡くされ、最底辺の辛酸の中に育ちます。
5歳で母親を、8歳で父親を亡くし、父方の叔母に預けられます。
しかし、ここの叔父が同じ年に死んでしまい、次は、
全くの他人である提灯屋夫婦に貰われ澤木姓となる。この養父の家は遊郭街にあり、この界隈は、<世の中のインチキというインチキの巣窟>だった。
養父母は博打と酒に明け暮れ、澤木少年が提灯張りをして生活を支える毎日。

ある日、近所の女郎屋で急死事件があった。
若い娼妓を買った五十男が卒中か何かで急死する。その現場を目の当たりに見て、澤木少年は、
「内緒ごとはできんぞ」と冷水をかけられたような深刻な実感を味わいます。
以後、澤木少年は正直に生きることを自分に言い聞かせます。
そして、実の親も二番目の親が死んでもまだ目が覚めない自分に、天がこのような理不尽な活劇を見せて自分に世の無常を教えている、と理解します。
このあたりは、まるで映画を見るような緊迫感です。
随分後に、戦争で大けがをして久しぶりに養父母の元に帰ると、二人は相変わらず博打と借金漬けの生活を送り、この借金を息子に払わせようとします。首に大けがをしているのに、養生どころではない。
養父に対して「あんたのおかげで、わしは堕落できません」
と言わしめます。

人生の矛盾に苦しんだ澤木少年は、
17歳のとき、「坊さんになる」と決めて、70里の道を歩いて永平寺に向かいます。
永平寺に着いても中には入れてもらえず、二昼夜飲まず食わずで頼み続け、ようやく寺の下働き、男衆に置いてもらえることになります。
「その時のわしの嬉しさというものは、一生忘れられるものではない。感激の涙が出て仕方なかった」

男衆をしていても坊さんになれるわけではない。どこかで師匠につかねば、坊さんにはしてもらえない。
そこで、明治30年1月、文無しのまま、歩いて九州天草に向かうのです。
舟に乗せてもらう時には、頭を使います。
元々頭の良い方です。
着る物、食べる物がない時には、乞わずとも近くのばあさん達に助けられるという運命の方です。

この方は、いつも周囲より人一倍の苦労をするように生まれついているように思えます。
そして……この後も、長い長い活劇が続きます。

尼僧堂からの帰路、高速バスの中で頭も上げず読み続け、帰宅しても入浴の時間も惜しく寝床に入るまで読み続け、笑ったり、にやけたり、涙したりして、3日で読み切った。
これほどの魅力ある人物は、ご本人の持って生まれた宿命もあるのでしょうが、時代が作ったともいえるのではないでしょうか。

学校に行けなかったために、ヒリヒリするような勉学心を埋めようと、
飽きることなく佛教探求に向かい、又、単なる観念で終わらせず、実践の人、一致の人というところが、すごい!
人間澤木、と思わせ、つい気持ちがクラッといってしまいそうです。

宗教は胡散臭い、と思っている人々の気持ちを変えさせるほどの、真実の書です。


by Kinotomii | 2019-05-21 17:35 | | Trackback | Comments(0)

京都市交響楽団 第634回定期演奏会

ようやく、待ちに待ったコンサートに出かけた。
京響の定期だが、指揮者は、シンガポール出身のカーチュン・ウォンという1986年生まれ。
ソロヴァイオリンは、1988年生まれのノルウエー出身、ラグンヒル・ヘムシング。
うまいです。妙技です。力がある。姿かたちも美しい。
曲目は、吉松隆という方の、「鳥は静かに…」。
民族音楽をやっていた時期もあったそうで、音が民族調の哀調を帯びた音になったり、澄んだクラシック調になったり、自由自在に行き来する。
数えてみれば31歳ですか! 31歳でこの技術、と思った。
技術が素晴らしい上に姿が美しい。
又、一台のヴァイオリンで、二台分の異なった音を出す。
ソロはとても上手かったが、シンフォニーの面々は曲へのなじみが薄かったの、この曲を消化しきれていなかったのか、あまりやる気が見えなかった。
珍しい曲だろうか、と思う。現代の作曲家で、珍しい経歴だ。

次のシベリウス:ヴァイオリン協奏曲では、全員集中して指揮者の要求に応えていたが。
ボリュームがあってなかなか良かった。指揮者も頑張った。
若手の中では注目の指揮者とか。

今日はゆっくりと贅沢できた素晴らしい一日だった。
というのは、
いつものごとく、まず「吉村」で蕎麦を頂き(三種盛りのザルで、1290円。当日打った蕎麦だそうで、コシがあってとてもおいしいです)。三人前くらいの量がある。

その後、コンサートが始まる14:00まで、隣の府立植物園のバラ園に遊んだ。さすがに、観光客はここまではあまり入っていない。

園内は今を盛りとバラが咲き競っていた。
名前は覚えきれないが、写真におさめずにはいられない。


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深紅のこのバラは、香りがとても強かった。
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適当に涼しい鑑賞日和で、観光客も多くはなく、ここ植物園は、200円で一日中遊べそうな、穴場です。
おまけに70歳以上は無料。

今から36年前、子供たちは6歳と4歳。アメリカからの友人夫妻をここへ案内し、家族総出でバラを楽しんだことを思い出した。

シャクヤクも満開で。
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by Kinotomii | 2019-05-18 21:42 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

庵 是是鹿鹿 (いおり これこれしかじか)でのお茶会

「庵 是是鹿鹿」 の入り口
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又洒落た店名ですね。
奈良町の福智院交差点の角にあります。
3か月ぶりに訪なうと、普段は13時から古民家カフェに変身しておられた。
町家作りですから、奥に長い作りです。
三か月ぶりのお茶会です。友人を誘って。
感動の連続で、友人への面目躍如といったところ。

皐月の茶会と銘打ってありますが、テーマは「令和」と「伊勢物語」でした。
「伊勢物語」など誰でも知っているという前提の下に茶会が催されます。

待合の掛物が「うひかうぶり」でしょうか、とどなたかが仰り、その時は掛物の意味が掴めなかった。
席入りの後で、御亭主が待合の軸は『伊勢物語』初段「初冠」であること、
この庵が奈良の春日の里に位置していること、
席の御軸が伊勢物語関連であること、を世間話のようにさらっとおっしゃった。
何かにつけ、お茶人は大げさな物言いをなさらず、まあ、こんなところで、といった風情です。

帰宅してからようやく思い出した。
「初冠」の段は初段であるので有名で、そうそう、元服を済ませたある男が、奈良に鷹狩りに行き、うらさびれた春日の里の民家で艶やかな姉妹を物陰からのぞき見する様子が描かれている。
こんな田舎に(奈良は今でもいなかと揶揄される)このような艶めいた女人がいるとは、と男が感嘆する場面だ。
因みに、のぞき見とは品が悪い、と現代人は思うが、この時代は、男性が 女性の品定めをするのに普通に行われていた習慣だと、古典の先生に教わった。

御亭主のお住まいが春日の里、ということで、この段をえらばれたのだろう。
心憎い演出だ。少しでも情報があれば、予め勉強していくんだったのに!

お茶もお菓子もお点心も、目で歓び、舌で歓び、器で歓び、と非日常を味わった五月の一日でありました。
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by Kinotomii | 2019-05-17 23:24 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

誕生日

5月のバードデイ(birds day)に生まれた。
母の日ともよく重なるので、誕生日と母の日の祝いが一つで良い、経済的な生まれだ。
自然と鳥に興味を持ち、鳥をアップしていらっしゃる方々のブログのフォロワーとなり、時々、素晴らしい鳥たちの姿を眺めては感激のため息をついている。
技術も良いのだろうけど、カメラの感度が違うのですよね。

こちらに出てきたころは、よく母親から誕生日祝いの電報が届いた。
今ならメールだが、あの頃、よっぽど家から離れた娘のことが心配だったものとみえる。
両親共に亡くなった今思うと、あの頃、親たちは愛情深かった。
子どもたちも、親に甘えることはなく、親を気遣い、実家に帰っても親の代わりに家事などをやり、しばしでも親たちの仕事の軽減を図ったものだったが。
婚家でも実家でも、この時とばかり、台所から洗濯から掃除から、すべてお任せあれ、とばかり働きに働いたものだった。
苦労性の生まれなので、同年代でも、こうでない人も多いのだろう。
現に、昔の尼僧希望だった友人は、実家に帰ったら上げ膳下げ膳で、洗濯もお母ちゃんにしてもらっていた、とおっしゃった。それなのに、母より先に亡くなってしまった。

自分の誕生日の度に思う。
何と良い気候の時に生んでもらったものか。
暑くもなく、寒くもなく、鳥たちは歌いさんざめき、花々は今を盛りと咲き乱れ、
新緑に吹く皐月の風は、力強くも荒々しくはなく、未来への勇気を運んでくれるようなパワーに満ちている。

今年は、故郷から移植した庭の茶の木の茶摘みをし、茶を炒って新茶を楽しんだ。
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少なかったが、本当の新茶の薫りと味がした。
もう少し炒れば母親が作っていた、あの手もみ茶になるが、フライパンでは焦げそうで危険だ。
昔、大釜で茶を炒った、あの一家総出の茶摘みの日が懐かしい。



by Kinotomii | 2019-05-14 15:02 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

仏国山瑞応寺 楢崎通元


この僧堂は、「行持綿密」で聞こえ、厳しいことで有名だったそうです。

故29
世大玄一光(楢崎一光)大和尚様を経て、30世大慈通元(楢崎通元)老師が堂頭(住職)を務められる。
1997年5月の晋山式より23年を数え、今年2019年5月9日、退任式を終えられ無事東堂とおなりになった。93歳。

次の写真は昨年1月のもの。
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92歳の昨年、頭脳明晰。カクシャクとしておられた。ちょっと御足を傷めて支えを持っておられたが、後ではご自分の足で歩かれた。
小柄ながら、しっかりと筋の通った雰囲気をかもしておられた。

「首座法戦式」(しゅそほっせんしき)という禅宗では重要な行持に参加させていただいたが、前夜も当日も責任を果たされた。

寅年だそうで、こちらも寅年だというと、急に心を開いて下されました。
10歳違いやな」とおっしゃるので、
「え? 二回り違いますけど」(正直なんで)
「そんなことはどうでもええ!」

(ま、、負けず嫌いだこと…)(心内語)

このような老僧のシャキっとしたお姿を真近に拝見できることが、大変嬉しい。
橋本恵光大和尚様や、御両親様、先代御住職であられる一光大和尚様、御姉上様など、沢山のお写真に囲まれて悠々と暮らしておられた。

笑われたお顔を写真に収めようとしたが、その瞬間に、目にもとまらぬ速さで口を真一文字に結ばれた。

ー口を開けた写真なぞ、撮られんー

昨年訪問した時のこれは、お見送りに出て下さった珍しくも普段の表情でのお顔。

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これも笑顔であったのに、シャッターと同時に唇を結び…。

大正生まれの寅年には感服。



楢崎通元老師は、2019年(令和元年)5月9日、

堂頭のお役から退任され、瑞応寺の東堂となられました。が、熊本県菊池市の聖護寺の住職は続けられる。



by Kinotomii | 2019-05-10 20:58 | 宗教 | Trackback | Comments(0)