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京都市交響楽団第636回定期 指揮 高関 健

高関健氏は、「常任主席客演指揮者」という肩書をお持ちです。
これは、下野竜也氏と同じ肩書です。
どうゆうものかはよくわからないが、コンサートの最後に京都市長が、いつもの着物姿で出ていらっしゃって、
「日本を代表する指揮者の高関氏に京響を云々…」
とおっしゃったので、京響を主に責任をもって振って下さるという立場だろうか。
経歴を見ると、外国での受賞歴も華麗です。
以前大阪で一度拝聴したことがあって、生真面目な音楽という印象だった。
今回も、生真面目な正統派という感じだったのですが、印象に残ったのは、団員の方々の指揮者に向き合う態度の真剣さでした。
これは、ちょっとした音の狂いも聞き逃さない方なのかも。

曲目は、スメタナの「わが祖国」という75分の大曲です。
六つのパートに分かれているうちの第二が、中学校で習った「モルダウ」で、日本人好みの憂愁と希望を感じさせる曲。解説によると、大河の様子を音楽で具体的に描写しているということだ。
ふ~ん、そうだったのですね。

チェコも複雑な歴史を持つ国だ。この曲はそんな複雑な国の事情を体現した、チェコを代表する曲とのことでした。

それにしても、ここ10年、クラシックファンが増えているのではないのだろうか。




by Kinotomii | 2019-07-30 18:33 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

「万引き家族」のりんの真心

映画「万引き家族」の「りん」は、寒空の下、母から虐待を受け、家の外に出されてせっかんされていたところを、ニセ家族の父親役の男に拾われる。
家族のように見えるが、全員が人に言えない過去を持った他人同士である。他人同士でありながら、ややもすると、血縁のある家族よりも、お互いに思いやり、許しあう家族の基本的形容を見せる。
しかし、おおもとのところは反社会的であり、虚偽によって成り立ってはいるわけで、万引きすることにためらいはない、そんな集団だ。
5歳の女の子は自分の名前もはっきり言えないほど成長が遅いため、「りん」と名付けられ、万引き家族と共に暮らし始める。

ある日、クリーニング屋で働いていた母親役の女の腕に、アイロンによるやけど痕があるのをりんは見つける。そして、自分の腕にもあるよ、と見せ、女の腕の傷痕を小さな手で優しくなでる仕草をする。
自分が母から受けた虐待の辛さから相手の辛さがわかり、相手の辛さを自分のことのように感じるわけです。

これも一つの慈悲の心でしょう。
自分が受けた悲しみを相手の中に見、同化する。
幼くとも、慈悲の心は存在するのでしょう。
慈悲とは、「自己愛の180度転回したもの」と佛教では説明します。
自分と相手を一つに見る目を持った時に、「慈悲」ということがわかるのでしょう。

といっても、このように観念で意味づけするものではなく、このような意味づけは、第三者がやったこと。

しかし、慈悲の心が、いつも誰にでも通じるのかというと、中務の必死の思いも、最初は、敦明親王には全く通じない。どころか、却って蹴散らされる。
ではこれは、慈悲ではないのかと言うと、やはり中務の慈悲の心に間違いはない。
ではなぜ?
これは、やはり、相手に聴く気があるかどうか、というところではないか。
コミュニケーションの基本のところが形成できていないと、どのような交流も無ということではないか。
相手に受け入れる気持ちがなければ、すべては無である。

今は亡き、有名教授であられたM先生の主な研究は、人と人のコミュケーションはどのように成立するか、という感動的なものであったことを、記憶の定かでない頭でぼんやりと思い出している。
だから、相手に受け入れられない慈悲は、慈悲ではない、とは言えないと思う。
自我を満足させるためではなく、100パーセント相手のことを想ってする行為は、やはり慈悲なのではないか。
例え、それが相手に通じなくても。

親が子を想うことが、一般衆生においては慈悲の代表であらねばならないが、今は親から子への虐待が多くて、そうも言えなくなった。
りんの母親も夫からDVを受け、その夫も多分、社会から痛めつけられている。自分より弱い者を苛めることで一瞬のウサを晴らさねば生きていけなくなった、現代の病理を是枝監督は描いている。

りんは、親の元に返すのが一番いいという、おざなりな世間の決定によって、再び精神を病んだ両親の下に返されるが……。

一方、中務の身を捨てた行為は、最後には敦明親王にしっかりと届く。
敦明は、菩薩によって救われた。
中務は、神仏によって最も愛された登場人物と見える。



by Kinotomii | 2019-07-27 23:02 | | Trackback | Comments(0)

『満つる月の如し』中務(なかつかさ)の真心

ところで、

『満つる月の如し』の中務(なかつかさ)は、多分一生忘れられないインパクトを持つ人物となった。

この小説は、天才仏師、定朝を中心に、天才的な頭脳を持つ比叡山の僧、隆範を副主人公のようにからめながら、道長時代の不毛の時代を活写している。

定朝が主人公のようであるが、しかし私は、隆範が真の僧として目覚め、ぎりぎりまで仏弟子の在り方を追求した果ての物語と読んだ。
この二人の男たちの、見えない火花がすごい。
片や芸術を極めるため、片や真の仏弟子たらんとぎりぎりまで修行に邁進する。
正に、天才は天才を知る。

「中務」は、中宮彰子に仕える女官。
従兄である敦明親王の深い悲しみを知る、ただ一人の人である。敦明は、名ばかりの親王である。
道長の専横により、財産はそのままに、権力はすべて奪い取られる。そこから来る親王の乱暴狼藉に、中務は、「迷子」の子供の不安と、手足をもぎ取られた生物のやるせなさを、自分のこととして感じたのだろうと思う。

乱暴を働くたびに敦明親王を守りかばい、どこまでも「あなたは本当は、優しい人なのです」と側に付く。
誰もが敦明を諦め切り捨てようとするが、中務は、敦明から撥ね付けられ相手にされなくても、決して敦明を諦めない。

これは、恋愛感情などではない、ということ。
中務は、実は見目麗しい女性なので、男たちからの申し込みが引きも切らない。
しかし、全く相手にしない。
中務は、こんな女性だ。作者は、中務に菩薩を重ねた、と言ってもよい。

私は、最後には中務の慈悲の心は通じるだろう、通じなくてはならないと予想していたが、
「慈悲」とは、生易しい同情や共感を超えたところにあるものだ。
己を削ることなしにはあり得ない。身を削ってこそ、相手に通じる真心と言うべきだろう。。。

すべてを捧げつくし、与え尽くす。
こういうことは、恐らく、非思量の世界で、体の底からうねりのように湧いてくる説明のつかない人間の本質。これをこそ、「仏性」というのではないか。
あえて言葉で説明するなら。


そして、中務の最後は……。

澤田瞳子氏の小説は、どれも甘ったるい結末はない。
しかし、納得のいくものだ。
この小説も、定朝、隆範、中務の三人共に、仏法に照らして納得のゆくものとなっており、しばらくは悠久のかなたに遊んだ後のような清々しさを覚える。


by Kinotomii | 2019-07-26 13:32 | | Trackback | Comments(0)

澤田瞳子 『与楽の飯』『龍華記』

澤田瞳子さんは、1977年京都府生まれ
弱冠40歳 or 41才。
奈良時代史を専門とする研究者であったそうだが、想像力があり過ぎて、小説家に転身、とは、ご本人の弁。

『龍華記』を上梓された時、興福寺会館で講演をされ、初めてこの作家を知った。いや、これは反対で、澤田さんの講演を聴きたくて会場に行った。
そして、頭の中が言葉で溢れんばかりの講演内容と、飾り気のない話しぶりにしきりに感心した。
サインをしてもらうため、長い行列にも加わった。

帰ってから、会場で買った『与楽の飯』と『龍華記』を読んだら、更に圧倒された。
二冊とも興福寺と東大寺の話だ。
専門的歴史的語彙の豊富さと、甘さのない内容。
女性でここまで、ほぼ男の世界を書ける作家は、今まで知らない。
奈良の都も、いきいきと現代に生き返ってくるようです。

小説に必要な論文を読み込むことから始めるそうで、いかにも、と思った。
研究者なら論文を読むことには慣れており、むしろ、読みふけるほどの興味の深さから、そこから得ることも多いと思われる。
しかも、内容も人間味にあふれている。

図書館で何冊か借りたら、どれもしおりの紐が擦り切れて先がなくなっていた。
これなら数十人ではきかないだろう、借りた人の人数が。
三桁はいっているに違いない。

ところで、





by Kinotomii | 2019-07-25 22:33 | | Trackback | Comments(0)

安穏な生活と禅の集い

二泊三日の禅の集いから自宅に帰ると、わが毎日の生活の何と気楽なことよ、安穏なことよと思う。

坐禅は良いとしても、80名もの集団生活に和していくことは、
鈍くなった頭と体をフル回転させなければならない。
特に、本堂にずらっと布団を敷いての就寝は、時間が来たら「おやすみなさい」の一声で全員が一斉に眠りにつく。
他の参加者の方々のきびきびした動きに加え、すぐに寝息が聞こえてくることの何と羨ましいことか。
それでも、今年は2回目だから、何かにつけ、去年よりは余裕があった。

他に合わせる、ということが修行なのだろう。
自宅に帰ると、誰に遠慮気兼ねすることもなく好きなように生活を運んでいることを自覚する。
子育ても終わり、親の介護も終わり、好きなように時間を使えることの、幸せを実感する。
この恵まれた環境を、ともすると当たり前として感謝の念を抱くこともない毎日。
少しだけでもありがたいこと、と思えるのは、やはりより厳しい環境にさらされた時だ。

今年は、岐阜県美濃加茂市にある臨済宗正眼僧堂の師家、山川宗玄老師が講師であった。
テーマは、「十牛図」。
禅に長いご縁をお持ちの方々は、すでに一度はこのテーマで青山老師の提唱を受けておられるようだ。
初めてのこちらは、何が始まるのかと思ったが、「牛」とは、「本来の自分」であり⇒更に深めると「仏性」であり、「仏」を探す過程が10の段階に分けて述べられている。
⇒結局は、この10の過程とは修行の深まりを意味し、修行はこのように展開するもの、というところのようだ。

高校時代以来の漢文のリズムが心地よかったが、漢語の難解な事!
こうやって勉強ができるのも、家族や雲水さん方を始め、数知れぬ周囲の方々のおかげです。



by Kinotomii | 2019-07-24 22:53 | 宗教 | Trackback | Comments(0)

武器ではなく一冊の本を

マララ・ユスフザイは、2012年、すべての人間の尊厳と教育を受ける権利を主張する運動を批判する側の人間により、頭に弾丸を受ける。が、そこから蘇り、更に運動を活発化させ、世界中から知られるところとなる。
そして、2014年、ノーベル平和賞を受賞した。

ノーベル平和賞記念スピーチを、この度NHKの「こころの時代」で、初めて最初から最後まで聞いた。これまでは、ニュースで目にしていても、どこか遠かった。なぜなら、ニュースでは1フレーズしか私たちの耳には届かない。でもweb検索したらいくらでもあった。もっと早くに調べてみるべきだったかも、

スピーチを最後まで聞いて思った。
本当に勇気ある立派な人だ。ご両親も素晴らしい。
彼女は、アフガニスタンに近いパキスタンのスワートという土地に生まれた。閉鎖的な土地だそうだ。

マララを見ていて思い出したが、かつて、アフガニスタン人の二人の男の子に日本語を教えた経験がある。
15才と13才の彼らは、日本の少年たちより考え方が大分しっかりしていた。医者の家系で、国のおじいさんから毎週電話があり、おじいさんの数学の問題を解くのを習慣にしていた。彼らは支配者階級の、しかも男の子だったから、教育には厳しかった。又、頭脳も優秀だった。日本の大学の医学部に入って、医者になりたいと言っていたが、どうしていることか。

これはともかく、
何より悲しいのは、女性は教育など受けなくても良い、というこのあたりの因習に閉じ込められている女性たちのために行動することが、故郷の、しかも同じ宗教の人々から排斥され攻撃されたこと。
「西洋の手先」と言われ、最も理解して欲しい人々から命を狙われることは、何よりも無念だろう。今は国には住めず、イギリスのバーミンガムに住んでいるようだ。

正しいことを言う人が、自分の邪魔になると感じる人々がいる。
平等を憎み、これまでの差別的習慣が心地よくてそれを壊されることを
恐れる人々の、新しい思想を主張する人々への恐怖と焦りは大きい。また、自分が間違っていることを知っているために、都合の悪い相手を消そうとする。
だから、正当なことを言う人々を消す行動に出る。アラバマ物語に共通する。
あの物語は、今から90年前を描いていた。パキスタンは今の話だ。
時代の新旧にも、国の違い民族の別にも、宗教の違いにも関わらず、人間は心の奥底に、他と比べ、他よりも上に立ちたい、利益を得たいとする傲慢な心を、あえて言えば、誰でも持っているのではないか。
利益を得たいとは、お金のことばかりではありません。自分の感情的欲求や社会的名誉欲を自分のものとしたい利己心のことです。

だからこそ、釈尊は人間に八つの驕慢(きょうまん。きょう、は馬偏ではなく、りっしんべん)を指摘し、おごりを戒めている。
だからこそ、佛教では、他と比べない、ことを強くうたっている。

一人のこども
一人の先生
一冊の本
一本のペン
Education First
が、マララの主張する5本の柱。
悪弊から目覚められない人々も、結局は良い教育を受けられなかったことが原因の一つだから。そして、貧困も。なかなか単純ではないが。
鳥のように自由に生きて、声を上げられない人々のために、少しでも良い世界を目指して欲しい。

" Silent and wait to be killed, Or, Speak up and then to be killed .
I choose speak up"

さて、
これは奈良市内の福智院交差点にある大乗院庭園です。ちょっと目と頭を休めて一服。はるか向こうの瓦屋根は奈良ホテルです。
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お庭に出るには200円。ここまでは無料。ほん近くには、「是是鹿鹿」もある。コーヒーや御菓子を頂いて、しばしの休憩。
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by Kinotomii | 2019-07-14 15:00 | 宗教 | Trackback | Comments(0)

アラバマ物語とマララ・ユスフザイに共通するもの

アラバマ物語は、1962年製作のアメリカ映画。
グレゴリー・ペック主演で、1930年代のアメリカのある小さな町で起こった白人社会による黒人と女性への偏見と抑圧を描いている。
原作は Harper Lee の " TO KILL A MOCKINGBIRD" 。
グレゴリー・ペックは、黒人青年による白人女性への強姦事件で加害者として裁判にかけられている黒人青年の弁護士を演じている。

黒人は悪、白人は善、男は加害者、女は被害者、といった固定観念がしぶとく地域を支配する1930年代のアメリカの田舎町で、たとえ、事実がこの反対であっても、あらゆる状況証拠が黒人男性を白と証明していたとしても、裁判官も町の有志も、警官まで、事実より差別と偏見によって成り立ってきた自分たちの古い因習を守るため、正義ではなく、一人の黒人を切り捨てる選択をする。
再び手鎖をかけられて連れられて行く黒人青年の脱力した表情と後ろ姿がやるせなかった。
その夜逃亡を図った青年は、簡単に村人たちに殺される。(真実がバレることを恐れる人々は、早めに青年を無き者にしておきたかったことだろう)

グレゴリー・ペックは法に照らして一人で頑張るが、人々が長年胡坐をかいてきた不平等と不公平への依存は強い。
命を狙われることになる。

この裁判には、なぜか、子供たちも傍聴席に参加しており、子供の目を通して、大人社会のゆがみが描かれる。

しかし、子供たちにも又、大人社会から譲り受けた偏見の目がいかにして育っていくか、引きこもり青年を得体の知れないモンスター化していくのは何気ない悪気のない普通の人々の日常生活やしつけを通してだということが描かれる。私たちが何気なく話すこと、それらは、すべて話す本人の見識、偏見の上に成り立っていることを、いつも注意深く自分でチェックしなければならないな、と思う。

しかし、最後には、引きこもっていた青年の、純粋で一途な行動に皆が助けられることになり、ほっとする。
正しい解決方法ではないが、帳尻が合うといったような。神の下した解決方法だったかもしれない。

やっぱりアメリカ映画だな、と思う。
このころのアメリカ映画には、真摯に人間に向き合った良いものがいくつもあったのではなかろうか。「12人の怒れる男」とか。
そんなに沢山観ていないので大きなことは言えないが。
この「アラバマ物語」は特に好きで、10年前からDVDにも保存。
何度見ても、最初から最後まできちんと腰かけて集中して観てしまう。
監督はRobert Mulligan 。音楽は、何とバーンスタイン!

今から60年前のアメリカ映画だが、この映画の目指すところは、ノーベル平和賞を受賞したマララ・ユスフザイさんの主張するところと同じだ。
私は、現在21歳になったこの稀有な女性の活動とメッセージを、NHKの番組で初めて詳しく見て、真から得心した。
「私がまだ生きているのには理由がある」と言う彼女を、一人の女性としてではなくて、多くの不平等を被っている人々の代弁者として、私達は応援していかなくては。




by Kinotomii | 2019-07-13 22:59 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

さよなら スーザン・ベネット ⑤ 最終


こんなことを毎年欠かさず繰り返して二十年ほど経ったころから、お互いに実現しない邂逅に見切りをつけた感がある。
私たちは、いつの間にか老年に入ろうとしていた。不思議な私たちの付き合い。
要するに行きずりの関係。それなのに、ここまで続くとは。

多分近くにいたら、趣味も(山歩きの写真が入っていたことがある)、感覚も合って、良い友人になれたのではないかと思う。
あの最初の出会いの時の、全く他人という気のしない懐かしい感覚。それは、「人なつっこい」というのとも違う。
どこか遠慮がちで、受け身的。
多分英語も選んで使ってくれていたのだろう。
だからこそ、壁がない身内のような感覚だったのではないだろうか。

生きてきた文化も言葉も経験も違うけれど、何かを同じくする関係というものが、日本とアイルランド、遠く離れた生地を持つ人間同士に存在することを信じられることは幸せだと思う。

もし
Susanのような友人を近くに持っていたら、私の人生は人との付き合いに今ほど苦労せず、もっと豊かで温かいフレンドシップを築けたのではないかと思うときがある。
けれど、こんな形で続く友情もちょっと捨てがたい面白い形だ、と思う。了


by Kinotomii | 2019-07-08 16:59 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

さよなら スーザン・ベネット ④


 ある年は父親の看護のためアイルランドに一年間帰った、とある。
生まれ故郷はアイルランドだったのか!

ところで、年齢を知らないのだけど、一体何歳? と書くと、その返事は来年のクリスマスカードになるわけだから、そのときにはもう質問のことなど忘れている。
自分と大体同じくらいであろうとは想像していたが、あまりこだわる気もない。
送ってくる写真の顔は確実にその年齢になっている。

 
次の年は、ヨットで三ヶ月くらい休養している、とある。
ヨットって? 自分の持ち物なの? 
それとも観光ツアーなの? とこちらは興味津々。

すると、翌年の返事に、父親の持ち物だったけど、自分のものになったから、とある。
想定していなかったけど、ものすごいお金持ちだったのだろうか。最初から独身であることは疑わなかった。

 
そういえば、仕事がないわりに生活に困っている様子がなく、ベトナムにボランティアに行って、ベトナム人の親しい友人が沢山できた、と生徒と共に写った写真を入れてある。
ベトナムではボランティアで食べられるのだろうか。
普段の生活費はどうしているの? と、凡人はすぐ不安になるけど・・・う~ん、遺産があったのか。


ある年は、友人の娘さんの結婚式の写真が沢山入っていた。
この娘さんとは随分前、二人だけで長い旅行をしたこともあるらしい。
友人の娘さんの方は山形県に滞在したことがあって、彼女を訪ねがてらあなたに会いたい、と書いてきた年もあった。

どうぞ、いらっしゃい。奈良へはこれこれこんな手段で来れば良いから、と詳しく書いて送ったが、これも実現はしなかった。


日本人の友人も数人いるらしく、数年前の友人の娘さんの結婚式の写真には、私と同年配らしい二人の日本人のご婦人に挟まれて、長身の
Susanが写っている写真もあった。


そして昨年は、


「奈良で過ごした楽しい時間を思い出している。いつか戻って会いたいものだ」


と書いてある。
ぜひ、いらっしゃい。一週間くらいならうちに泊まっても良いから、と書き送った。これも具体化はしなかった。


思うに、
Susanは、案外遠慮深い謙虚な人柄で、やはり、一度会った事があるだけの人物を頼って来日することにためらいがあったのではなかろうか。
こちらがお膳立てをすれば、喜んで来日したかもしれない。

私は『アンジェラの灰』の作者、アイルランド出身のピューリッツアー賞を受賞したフランク・マコートのことを思い出したりした。



by Kinotomii | 2019-07-07 16:18 | 雑記 | Trackback | Comments(0)

さよなら スーザン・ベネット ③


Susanの手紙にはいつも、一年間に自分に起きた変化が書いてあった。

奈良で出会った翌年、彼女は失職した。カナダが不景気な年であったこともあり、大学での職を失った。
日本と違い、少なくとも、アメリカ、カナダは、最初から大学でパーマネントジョブを得ることはほとんどないようだ。
Susanは、自分も失職していながら職のない人たちのカウンセリングを半分ボランティアでやっているとある。
しかも二時間以上かかる距離を多分車で通いながら。
こんな具合で、一体どうやって生計を立てて暮していけるのか不思議であった。


ある年は、ベトナムに半年くらいボランティアで英語を教えに行っていた。生徒たちとの写真が入っている。やりがいがある、と書いてある。


ある年は、日本に来たい。カナダは就職状況が悪いから、とある。
日本に来るならできるだけのことをしてあげるけど、日本では
NOVA という英会話学校で英語を教えるくらいしか仕事はないだろう、と電話番号と共に書き送った。
日本に来たら電話して、と。

日本の大学で教えるには、多くは大学に伝手を持たなければ難しい。
欧米人だからといって、即大学で英語を教える身分になれる時期は過去となり、今では日本にはその職を狙っている欧米人が数多く住んでいる、と。



by Kinotomii | 2019-07-07 16:12 | 雑記 | Trackback | Comments(0)